米映画「イージー・ライダー」などで知られる俳優ピーター・フォンダが16日、ロサンゼルスの自宅で死去した。79歳。米メディアが報じた。
(左:「イージーライダー」当時、右は現在)
大学卒業後ブロードウェイを経て1963年の「タミーとドクター」で映画デビュー。ナィーブな青年役で出演作を重ねていくがドラッグとバイクを愛するようになり「ワイルド・エンジェル」(1966)で今までのイメージを払拭し注目を集めた。
やがて、自らの製作会社パンドを設立。
“アメリカン・ニュー・シネマ”の代名詞ともなった「イージー・ライダー」(1969)を製作し「さすらいのカウボーイ」(1971)からは監督業も手掛けるようになった。
その後は「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」(1974)「ダイヤモンドの犬たち」(1975)などB級作品で活躍を続け「グランドキャニオンの黄金」(1979、未公開)では父ヘンリー・フォンダと唯一の共演。
以降、低予算映画への出演が増えていくが「木洩れ日の中で」でアカデミー主演賞候補になって注目を浴びた。しかし本人はハリウッドの生活を嫌い、ハリー・ディーン・スタントンや親友だったウォーレン・オーツの誘いでモンタナの山里に定住し、自由を満喫していた。最初の妻との間に生まれたブリジット・フォンダは女優となって活躍、息子も撮影助手となって同じ世界にいる。
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「イージーライダー」が公開されたのは1970年1月で、有楽町のスバル座で見た。ベトナム戦争が泥沼から脱する時期で、アメリカでは若者のヒッピー族が台頭していた時期。そんな長髪の反体制の若者を煙たがる大人たちが改造バイクの若者を銃で撃つラストシーンは衝撃だった。
この映画はデニス・ホッパーとピーター・フォンダが主役だったが、”第三の男”ジャック・ニコルソンを一躍有名にする映画となった。ステッペンウルフの主題歌「ワイルドでいこう」(Born to be wild)は有名。
ご冥福を祈ります。