
映画「灼熱の魂」(原題:Incendies、2010、カナダ)を見る。どんでん返し映画としてよく名前が登場し、壮絶な映画だということは見聞きしていたが、ようやく見ることができた。
レバノン生まれでカナダ・ケベック州に移住した劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲「焼け焦げるたましい(原題:Incendies、戦火)」(2003) の映画化。監督・脚色はドゥニ・ヴィルヌーヴ。
「灼熱の魂」は、1970年代以降のレバノン内戦をモデルにした架空の中東の国を舞台としてキリスト教徒とイスラム教徒、パレスチナ難民などが複雑に絡み合う内戦・宗派対立が背景になっている。
戦争による憎しみが暴力を生み、さらに復讐、また暴力と次の世代にも傷が残る「暴力の連鎖」が、主人公の女性ナワル一家の過酷な運命そのものになっている。
一言でいえば「母の壮絶な過去を、双子の子どもたちが現在からたどり直し、戦争によって引き裂かれた家族の恐ろしい真実に行き着く物語」ということになる。
母の故郷に行き、少しずつ母の秘密が明らかになる。
この映画には仕掛けがあってしかも巧妙。
現在の謎が、過去の現実と交互に描くことで、真相が浮き彫りにされていく。
<ストーリー>
初老の中東系カナダ人女性ナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)は、ずっと世間に背を向けるようにして生き、実の子である双子の姉弟ジャンヌ(メリッサ・デゾルモー)とシモン(マクシム・ゴーデット)にも心を開くことがなかった。
そんなどこか普通とは違う母親は、謎めいた遺言と二通の手紙を残してこの世を去った。
その二通の手紙は、ジャンヌとシモンが存在すら知らされていなかった兄と父親に宛てられていた。

それはナワルが死の床で口述した文章で、棺に入れずに裸で埋葬し、墓碑も建てるなと記されていた。
墓碑を建てたければ、同封した2通の手紙を父親と兄に届けろと指示される双子。だが、ジャンヌたちは父の名を知らず、兄がいることも聞いていなかった。
遺言に導かれ、初めて母の祖国の地を踏んだ姉弟は、母の数奇な人生と家族の宿命を探り当てていくのだった…。
母の意思に従い、父たちを探すため中東に旅立つジャンヌ。弟のシモンは、変わり者で理解しづらい性格だった母に反発し、カナダから動かなかった。
舞台は変わり35年前、中東ではキリスト教徒とイスラム教徒が激しく対立していた。

若いナワルが暮らすキリスト教徒の村の近くには、隣国を追われたイスラム教徒の難民キャンプがあった。
難民のムスリムの青年と愛し合い、妊娠するナワル。
ナワルの兄弟は、この恋を一族の恥と見なして青年を射殺し、ナワルも殺そうとした。
祖母に命を救われ、町の叔父の家から大学に通うよう指示されるナワル。生まれた息子は生後すぐに孤児院に預けられ、ニハドと名付けられた。
数年後、ナワルの国はキリスト教徒とイスラム教徒の間で内戦状態に陥った。
孤児院のある南部の戦闘が激しいと知り、一人で南部に向かうナワル。
だが、孤児院は焼け落ち、息子の消息を知るすべは無かった。イスラム教徒の女子供まで虐殺するキリスト教徒の兵士たちを激しく憎んだナワルは、イスラム教徒の側につき、キリスト教徒である政府の要人に接近して射殺した。
母親の故郷の村を探し当てるジャンヌ。だが、村の女たちはナワルを一族の恥と呼び、ジャンヌを追い出した。
母が15年間も監獄に収監されていた事を知るジャンヌ。ナワルは拷問を受けても屈せず、いつも歌っていたために「歌う女」と呼ばれ、イスラム教徒たちからは尊敬される存在だった。
20年前、洗脳されない強情なナワルを痛めつけるために、凄腕の拷問人アブ・タレク(アブデル・ガフール・エラージズ)が監獄に派遣された。
アブ・タレクにレイプされ、獄中で子供を生んでから釈放されるナワル。
ジャンヌとシモンは、その時に生まれた子供だったのだ。弟のシモンも中東に飛び、イスラム教徒の武装勢力と接触した。
当時を知る老人から兄の消息を聞くシモン。兄のニハドは孤児院から拉致され、イスラムの戦士として成人したが、その後キリスト教徒に捕えられ、洗脳されて拷問人アブ・タレクになったという。

・・・
序盤、母の遺言の手紙を渡すためにジャンヌとシモンは、自分たちの父親、自分たちが存在すら知らなかった兄を探しにいく。
ネタバレになるが、ラストで「父親」と「兄」が、実は同一人物だったという衝撃の事実が明らかになる。
ナワルが若い頃に産んで手放した長男ニハドが、戦争の中で兵士・狙撃手となり、やがて刑務所の拷問係「アブ・タレク」になっていたのだ。
そして彼が、ナワルを収監中に性的暴行し、その結果生まれたのがジャンヌとシモンだった―という悲劇。
双子のジャンヌとシモンは、カナダで「ニハド・ハルマニ」という名前で暮らしていた男を探し出す。
この男こそ、かつて刑務所でナワルを拷問・強姦したアブ・タレクだった。しかも同時に、ナワルが若いころに産んで失った息子ニハドでもあったのだ。
双子は彼に、ナワルが残した2通の手紙を渡す。
ひとつは「父へ」の手紙。こちらは非常に厳しい内容で、ナワルは彼を「自分の息子」としてではなく、自分を拷問した男、双子の父親として語る「私はあなたを許さない」と強い口調の手紙だった。
一方、「息子へ」の手紙は、まったく違い、ナワルはアブ・タレクという「死刑執行人」ではなく、自分がかつて産んだ息子ニハドに語りかける。
「あなたをずっと探していた」「あなたを愛している」「あなたは愛から生まれた」という母親としての言葉が綴られていた。
そこでニハドは何を悟るのか?
手紙を読んで初めて、自分がレイプした「囚人72番」が、自分自身の母親ナワルだったことを完全に理解する。
さらに、自分がナワルとの間にもうけた双子―ジャンヌとシモンが、自分の子供であると同時に、自分の妹・弟でもあることも突きつけられる。
ニハドは激しく動揺し、手紙を読んだ後、慌てて外へ出て双子を追おうとするが、ジャンヌとシモンはすでに立ち去っていた。
そして映画の最後に、ナワルの墓には、ようやく名前の刻まれた墓石が建てられる。
<主な登場人物>
■ナワル・マルワン:ルブナ・アザバル…イスラム教徒の仲間たちを虐殺され、復讐としてキリスト教極右の幹部を射殺、15年間投獄される。囚人72番であり、”歌う女”とも呼ばれた。
■ジャンヌ(ジャナーン)・マルワン:メリッサ・デゾルモー=プーラン… ナワルの娘。母親の遺言通りに、父と兄を探す旅に出る。
■シモン(サルワン)・マルワン:マクシム・ゴーデット…ナワルの息子。ジャンヌの双子の弟。
■ジャン・ルベル:レミ・ジラール:公証人で、ナワルを18年間、秘書として雇い、家族同様に接して来た。
■アブ・タレク:アブデル・ガフール・エラージズ…監獄の拷問人。実は凄腕の狙撃者だったが洗脳されて拷問人となった。
■マダッド:アレン・アルトマン…レバノンの公証人。ジャンヌらの父親と兄探しを手伝う。
■ワラット・シャムセディン:モハメド・マジュド…孤児院破壊を指揮した男。ジャンヌらの兄の行方を知る。
■ファヒーム・ハルサ:ナビル・サワラ…学校の用務員。かつて監獄で13年間、ナワルを監視していた。ナワルを知る数少ない生き証人のひとり。
■マイカ:バヤ・ベラル…監獄でナワルの出産を手伝った看護婦。刑務所では何人もの子供が生まれるが捨てられてきた。
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