2時間5分ほどの映画だが、全体に静けさが覆っている。老夫婦の”老・老介護”(夫が妻を介護)の夫婦「愛」の物語だが、結末のシーンは強烈で衝撃的だった。夫の取った苦渋の行動が脳裏に残り、重くのしかかる。
エマニュエル・リヴァは、この映画で2013年の第85回米国アカデミー賞主演女優賞に史上最年長(85歳)でノミネートされた。リヴァの遺作となった。
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ。作品は第65回カンヌ国際映画祭最高賞〈パルムドール〉を受賞したほか、第70回ゴールデン・グローブ賞・最優秀外国語映画賞、第85回アカデミー賞・外国語映画賞、第38回セザール賞で5部門(優秀作品・監督・主演男優・主演女優・脚本)などそうそうたる賞を受賞している。
ハネケ監督作品は初めて見たが、一種独特の雰囲気。音楽もほとんどなく、説明的なシーンは排除している印象。映画の冒頭は、ピアニストの演奏会。カメラは延々と観客席の聴衆の表情だけを映し、誰が何を演奏しているのかは一切画面に出てこない、という導入部にも表れている。
演奏会のピアニストは、主人公のアンヌの教え子の一人であることなどがさりげなく描かれる。教え子が、アンヌを突然訪ねてくるが、元の先生に会えた喜び半分、アンヌの変わり果てた姿(車椅子)に驚きを隠せない。ジョルジュもアンヌも威厳・プライドを保とうとする。
冒頭で、“ラストシーン”を観客は知る。そこに向かうまでのストーリーが静かに、淡々と描かれていく。誰にも起こりうるテーマを描いている。
食事をしている時にアンヌが一瞬、一点を見つめて、動かなくなり、夫が話しかけても反応がなくなるシーンがある。しばらくして、普通に意識が戻るが、夫は「離しかけても無視するとは、”おふざけか?”」とやや怒った口調で問いただすと、本人は「一体どうしたの。何があったの」とまったく記憶が飛んでいるのだ。認知症が進行していたのだ。
病院嫌いのアンヌは、ジョルジュに、二度と病院に行かせないでほしいと約束させる。ジョルジュはその約束を守り、週3日の通いの看護師を雇う。看護師がアンヌの体を洗うシーンや、ジョルジュがアンヌのトイレの世話や食事の世話、運動のために足を屈伸させるシーンなどが続き、ジョルジュもアンヌも双方に負担が強まっていくさまが描かれるが、このあたりの描写も、真に迫ってくる。
アンヌが「長生きしても無意味ね。どちらにも苦労があるだけ。終わりにしたい」というのは切実だ。ジョルジュは、「逆の立場だったらどうする」と言い返すのだが、「疲れた」というのが迫ってくる。「痛い。痛い」といううめき声が部屋にこだまする。水を飲ませようとすると、渋い顔で拒絶する。思いあまって、ビンタをするジョルジュ。
♪アヴィニョンの橋の上で 踊るよ踊るよ♪ 橋の上で 輪になって踊る♪ とジョルジュがアンヌといっしょに唄おうとするシーンも印象的だ。
アンヌとジョルジュには一人娘がいて、時々訪ねてくる。
娘の夫が投資で失敗したとかで、母アンヌに家の売却を持ちかけたりする。母が大変な病にあるときにエゴに映るが。親の遺産を当てにしているようだ。意識が薄くなっているアンヌだが、「家 なくなる ダメ・・・」というかすれ声が聞こえる。
通いの看護師の一人は、ジョルジュから不手際で「最悪」と言われたことに腹が立ち、「くそったれジジイ」と悪態をついて去っていったりする。
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ジョルジュは、演奏会から家に戻ったときに、アンヌに「きょうはキレイだった」と言うと、アンヌは「何よ、どうしたの急に」といったさりげないシーンがあり、妻アンヌに対しての気遣い、できることは精一杯実行してきた。ジョルジュの、あの「決断」をだれも非難も否定もできないだろう。”壮絶”な映画という宣伝コピーに納得。
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