映画「ローマの休日」や「ティファニーで朝食を」などで知られる俳優の故オードリー・ヘプバーンが5月4日で生誕93年を迎えたのを記念し、生まれ故郷ブリュッセルの生家近くの公園に、功績をたたえるヘプバーンの胸像が設置された。
欧州メディアによると、息子のショーン・ヘプバーン・ファーラーは「母の名声をたたえるものが(生まれ故郷の)この地にあるのは当然のことで、うれしく思う」と話した。
胸像が置かれた公園の入り口には、ヘプバーンの写真を載せた看板が掲げられた。
ヘプバーンは1929年5月4日、オランダ人の母と英国人の父との間にブリュッセルで生まれ、幼少期を過ごした。大スターになった後、晩年は国連児童基金(ユニセフ)親善大使など奉仕活動に尽力。1993年、スイスの自宅で63歳で死去した。
亡くなって30年経つが、いまだに変わらぬ人気というのは驚きだ。
7日付けスポーツ紙の記事(サンスポ)。
【オードリー・ヘプバーン(英: Audrey Hepburn】
(1929年5月4日 - 1993年1月20日)イギリス人女優。アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)の「最も偉大な女優50選」では第3位にランクイン。
ヘプバーンはブリュッセルのイクセルで生まれ、幼少期をベルギー、イングランドで過ごした。オランダにも在住した経験があり、第二次世界大戦中にはドイツ軍が占領していたオランダのアーネムに住んでいたこともあった。
イギリスで数本の映画に出演した後に、1951年のブロードウェイ舞台作品「ジジ」で主役を演じ、1953年には「ローマの休日」でアカデミー主演女優賞を獲得。
その後も「麗しのサブリナ」(1954)、「尼僧物語」(1959)、「ティファニーで朝食を」(1961)、「シャレード」(1963)、「マイ・フェア・レディ」(1964)、「暗くなるまで待って」(1967)などの人気作、話題作に出演。
70年代以降ヘプバーンはたまに映画に出演するだけで、後半生の多くの時間を国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げた。
ユニセフ親善大使として1988年から1992年にはアフリカ、南米、アジアの恵まれない人々への援助活動に献身している。
1992年終わりにはアメリカ合衆国における文民への最高勲章である大統領自由勲章を授与された。この大統領自由勲章受勲一カ月後の1993年に、ヘプバーンはスイスの自宅で虫垂癌のために63歳で死去した。
きのう6日からドキュメンタリー映画「オードリー・ヘプバーン」が公開開始。
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