「四畳半襖(ふすま)の裏張り」(1973)を40数年ぶりに再見。永井荷風の原作の映画化で、大正中期の騒乱を背景に、遊び人の中年男と初見の芸者との密室での情交のさまを描いた日活ロマンポルノの名作。
監督・脚本は「女地獄 森は濡れた」の神代辰巳、撮影は「戦争と人間 完結篇」の姫田真佐久が担当。今見ると、かなり滑稽でコメディっぽいシーンも多い。
主演は,日活(にっかつ)時代は、小川節子、田中真理と並ぶロマンポルノ女優の代表の一人だった宮下順子。長期間活躍し、他社出演もこなしながら10年近くロマンポルノを支えた。代表作は「赫い髪の女」(1979)など。共演は「濡れた唇」(1972)で一躍スターになった絵沢萠子のほか,1960年代から約20年以上にわたり日活のスクリーンで活躍し、特にロマンポルノでは宮下順子とのコンビで独自の存在感をしめした江角英明ほか。
日本中が米騒動に揺れる大正中期、東京・山の手の花街を舞台に、料亭“梅ヶ枝”で働く芸者たちの姿を描く。
大正時代の置屋を描いているが、背景には大正時代に起こった事件が号外などを通じて登場する。ロシア十一月革命(大正6年)、富山の米騒動(大正7年、日本で発生したコメの価格急騰にともなう暴動事件)、万歳事件(大正8年3月1日、日本統治時代の朝鮮で発生した大日本帝国からの独立運動)など。
置屋(芸者や遊女を抱えている家のことで、料亭・待合・茶屋などの客の求めに応じて芸者や遊女を差し向ける商売)でのしきたりなどを若い芸子に教えるとことも面白い。
画面に「初回の客に気をやるな」の文字。「初回の客に気をやるなんて恥もいいとこだよ」と女将。また「男は顔じゃない。男の顔はお金。」の文字。「男の顔のいいのって誠がない。そんなものにだまされるのは下の下だよ。お金だよ。」と女将の声。「便所に落ちている米粒を食べた芸者は出世した。便所だから汚いというんじゃ出世できないよ。」
日活は1950代には黄金時代を迎えたが、1960年代に入り、映画人口も減り、映画興行成績も下落。ダイニチ映配時代の中心作風だった「エロ路線」を前面に押し出し、かつ採算面から低予算で利益が上がるジャンルの作品として、成人映画を主体に変え「日活ロマンポルノ」が誕生。
当時の関係者の証言によれば、それまでの日活で製作した一般向映画よりも、収録期間や製作費などは半分以下だったという。製作コストを削減するのが大きな目的だったようだ。
日活ロマンポルノへ舵を切った約10数年間におびただしいロマンポルノ映画が作られた。谷ナオミ(初代SMの女王)、田中真理、宮下順子、原悦子、泉じゅん、鹿沼えり、東てる美、高倉美貴、朝比奈順子、風祭ゆき、水原ゆう紀、美保純、可愛かずみら、多くのスター女優が生れた。後にピンク映画→ロマンポルノ出身の白川和子・宮下順子・東てる美・朝比奈順子・美保純らがテレビでも活躍するようになり、芸能界へのステップと考える女優も多くなった。
日活ロマンポルノの中で、映画として高い評価を獲得した映画監督には、神代辰巳・曾根中生・小沼勝・田中登などがおり、ロマンポルノのブランドから、映画監督としての主要なキャリアを出発させた人物には、石井隆・和泉聖治・金子修介・崔洋一・周防正行・相米慎二・滝田洋二郎・中原俊・那須博之・根岸吉太郎・村川透・森田芳光などがいる。