製作は1979年だが、日本公開は1980年4月。
アメリカほど、当時の日本では、離婚ということが一般的でなかった頃、
この映画がきっかけとなり、離婚して子供と暮らす男を「クレーマー、クレーマー」
と呼ぶようになった。今では、バツ1、バツ2も、珍しくない時代だが(笑)。
この映画では、奥さん(メリル・ストリープ)が、自立したいと家出するが、
その後は、夫だったホフマンの子供(7歳)のケアと仕事の両立などの奮闘ぶりと、
後に子供の親権をめぐっての法廷でのバトルなどが描かれる。ホフマンの
”主夫”ぶりが、おかしく、哀れだが、笑えない。
この当時は、私ももちろん若く独身であり、あまりこうした夫婦間の危機など
考えもしなかったが、今は、身につまされる(笑)毎日、って・・・、やめときます。
(「ローズ家の戦争」を知っている人は、ご想像ください=笑)
メリル・ストリープは、今も女優として第一線だが、このころは、絶頂期で、
アカデミー賞候補の常連。アカデミー賞のノミネートは、1978、 1979、
1981、1982、1983、1986、1987と続く。
一方の名優、ダスティン・ホフマンもこの「クレーマー、クレーマー」で、
アカデミー賞主演男優賞を初受賞。
アカデミー賞のスピーチというのは、だいたい「監督、俳優、製作関係者、
家族に感謝する」というのが、お決まりだが、ホフマンの場合は、もっとも予期しない
スピーチだった・・・
「Birth controlをしなかった両親に感謝する」
という唖然とするものだった(爆)。ホフマンらしい、といえばらしいが。
あらすじ
ジョアンナ・クレイマー(メリル・ストリープ)は結婚して8年。今日も夜通し
帰らぬ夫を持ってついに夜明けを迎えていた。最初は幸せだった結婚生活も、
今ではもう無意味なものに感じられていた。夫テッド(ダスティン・ホフマン)は
仕事第一主義で帰宅はいつも午前様だ。3人の間には会話すらなくなっていた。
7歳になる子供ビリー(ジャスティン・ヘンリー)のことを気にしながらも、
ジョアンナは自分をとり戻すために家を出る決心をした。
寝息をたてるビリーに“アイ・ラブ・ユー"とささやきかけ、スーツケースを片手に
まさに家を出ようとした時、テッドが帰って来た。上機嫌で帰って来たテッドは、
妻のこうした変化には気がつかず、妻の別れの言葉も耳に入らない。ジョアンナは、
こうしてエレベーターの向こうに消えていった。冗談だと思っていたテッド
だったが、翌日、オフィスから自宅にかけた電話に誰も出ないことから、
事の重大さをはじめて感じた。テッドの生活はその日から一変した。これまで
ノータッチだった家庭の仕事をまずやらなくてはならなくなった。
朝食のフレンチ・トーストをビリーと作り・・・
ビリーを学校まで送っていき・・・
タクシーに飛び乗り会社に向かい・・・
上役の心配は的中し、テッドは家の中にまで仕事を持ち込むはめになり・・・
と、てんてこ舞いの生活になり、父子2人の生活はうまくかみ合わず、まるで憎み合っている関係のように感じられることもあったが、少しずつ互いになくてはならない
存在になっていったのだが・・・。
ユーモア・タッチのなかにも、シリアスで、考えさせる映画であった。
アカデミー賞の受賞部門
1979年
■ 作品賞
■ 主演男優賞 ダスティン・ホフマン
■ 助演女優賞 メリル・ストリープ
ジェーン・アレクサンダー
■ 監督賞 ロバート・ベントン
■ 脚色賞 ロバート・ベントン
☆☆☆☆