「プライベート・ライアン」(原題:Saving Private Ryan、1998)を見た。
見逃していたというよりも、避けてきた映画だった。3時間近くも(2時間45分)、生々しい戦争の実戦のような中に叩き込まれる映画で重苦しいと思っていたからだった。
しかし、最近、戦争映画では「フューリー」や過去の作品「バルジ大作戦」「橋」など見てきたが、基本はヨーロッパ戦線を描いており、視点の違いこそあれ、連合軍とナチス・ドイツの戦いを描いていることで、根底では繋がっている。フィクション、ノンフィクションの要素はあっても、第二次対戦の断片を切り取った映画は見てみようと思った。
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冒頭、老人が足を引きずるように歩いている。
少し離れて、7,8人の老若男女がついて歩いている。アメリカとフランスの国旗が目に飛び込む。墓地で泣き崩れる老人の目のアップ。
場面は変わり、1944年、ノルマンディー上陸作戦の決行で、連合軍はドイツ領フランスに侵攻した。オマハ・ビーチの激戦を生き残ったミラー大尉(トム・ハンクス)に米軍空挺師団のジェームズ・ライアン上等兵の救出を命じる指令が下される。
一介の兵士を連れ戻す任務、その理由とは・・・。
ライアン4人兄弟が出兵し、そのうち3人の兄(ショーン、ピーター、ダニエル)が戦死し、軍関係のタイピストたちが、3人の子息の死を母のもとに知らせる手紙を作成していた。これを知った軍の上層部は、兄弟4人全員の死を母のもとに届けるのは、親の心情を思うときに耐えられないと判断し、末弟のライアン上等兵の救出(Saving Private Ryan=映画の原題)を命じたのだった。
ミラー大尉は部下を8人引き連れてライアン上等兵の捜索に乗り出すことになった。
広い砂浜の中で、針一本を探すほどの過酷で、生死を伴う任務に「ライアンめ!」と憎しみさえ覚えるものもいた。「ライアン様はそんなに大事か。どこにいる?」と。
ライアンらの空挺部隊は、ドイツ軍の対空砲火によって四散しており、ライアン上等兵の生死や所在はつかめない。ノルマンディー上陸後、まだ間がなく、いまだ解放されていないドイツ占領下のフランス領に侵入しなくてはならないという危険極まりない任務でもあった。彼らの行く手には想像以上の困難が待ち受けていた。
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ミラー大尉ですら、「ライアンなんてどうでもいい、名前だけだ。連れて帰るミッションを遂行するだけだ」と部下にいう。隊員から、軍隊に入る前には何をしていたかを聞かれていたが「故郷では数学の教師をしていたが、戦場では(人間も)変わるようだ」とミラー大尉。
激しい銃撃戦の中で、ミラー大尉は、一瞬だが周りの音や声が聞こえなくなる場面がある。戦争の狂気が鮮烈だ。探し当てたジェームズ・ライアン(マット・デイモン)は、兄たちの死を知らされ、「それを伝えに来たのか」とミラー大尉らの説得に応じず、ほかの兵士と残ると言い張った。ライアンは「戦地でジェームズは最後まで戦ったと母に伝えてくれ。母も承知している」と。
ライアンは、2年前に最後に兄弟4人が集まった時のことなどを屈託なく楽しそうに語りだす。じっとそれを聞くミラー大尉。
ミラー大尉が銃弾に倒れ、ライアンに語った最後の言葉は「生き延びろ」だった。
映画のラストシーンが冒頭に繋がる。
ミラー大尉の眠る墓地の前で敬礼する老人こそジェームズ・ライアンだった。
ライアンの背中越しには、ライアンの子供や孫たちが立っていた。ライアンは、妻に向かっていう。「(私は)いい人生だった?」「もちろんです」。
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ライアンが、戦地にとどまっていたら、現在のような家族、子供、孫たちに囲まれた平和な生活はなかったわけで、たった一人の兵士を救うというミッションが、何十年後に大きな意味を持ってくることもある。
戦争映画で、これほどリアルな映画を見たことがない。
兵隊が仲間同士で話をしている、次の一瞬では、頭を弾が通りぬけ倒れていく。
瓦礫と、血の海と死体の山。”この光景”と言うセリフもあった。
兵隊が走る後からカメラが追いかけるように走る(手持ちカメラだろう)。
臨場感がある。銃撃の音などは実際の音を録音したものという。空前絶後の戦争映画だ。
アカデミー賞では11部門にノミネートされ、監督賞(スティーヴン・スピルバーグ)、編集賞(2006年現在、デジタル編集によらない作品としては最後のオスカー受賞作)、撮影賞、音響賞、音響編集賞の5部門を受賞した。
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