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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

<span itemprop="headline">映画「おとなのけんか」(2012):ロマン・ポランスキー監督作品。</span>


 
おとなのけんか (原題:Carnage)は、この2,3年の外国映画の中では、俳優の演技の応酬に最もわくわくさせられた映画だ。登場人物は4人だけ
 
タイトルが、ひらがなというのがいい。
 
 
こんなにおもしろい映画を見たのは久しぶり!
 
この映画は、ブログ友のalf.momさんの記事で知ったが、おもしろそうだったので、詳しくは読まずに、ほとんど予備知識なしで見た。
 
映画を見始めて、クレジットでロマン・ポランスキー監督であることを知った。
見始めるうちに、その会話のやり取りの面白さにぐいぐいと、引き込まれていった。
2回くらい見ないともったいない・・・といった映画だ(笑)。
 
ジョディ・フォスターケイト・ウインスレットという共にアカデミー賞主演女優賞を受賞した女優と、同じく「イングロリアス・バスターズ」でアカデミー賞助演男優賞を受賞したクリストフ・ヴァルツも出演し、演技の火花を散らしているのだがら、引き込まれる。
 

 
「子供の喧嘩に親が出る」とは昔から言われることだが、この「おとなのけんか」は、一昨年シリアスなサスペンス映画「ゴーストライター」でしばらくぶりに注目された巨匠ロマン・ポランスキーが描いたドタバタ喜劇仕上がりの”大人のけんか”を描いた映画。
 
物語は、たわいのない子供同士の喧嘩から、その親達4人が和解のために話し合いを設けるのだが、最初は、近所同士でもあり友好的な話し合いで終わるかに見えたが、やがて、感情的になっていき、子供の喧嘩どころではないほどの”ハイテンション”で、相手をののしり、中傷しあうほどの言い争いに発展してしまう舞台劇を原作とした物語。
 
舞台劇「大人はかく戦えり」がベースであるだけに、登場人物は4人のみで、室内でリアルタイムに進行する会話劇。
 
平穏な常識的に見えた二組の夫婦が、やがて、その”本性”をあらわにしていく過程が面白い。
 
晴天の下、芝生の緑も目に鮮やかな公園。画面の遠くのほうで、一群の子供たちのグループ。そのグループがやがて動き出す。そのうち、一人対グループで争いが起こる。一人の子どもが長い木の枝のようなものを持っている。多勢に押されつつあったその子供は、そこでブンっと細い木の枝を振りまわした。木の枝は、多勢の先頭にいた少年の顔に当たったようだ。

この「子どものけんか」の和解のために、加害者少年の両親、弁護士のアラン(クリストフ・ヴァルツ)と投資ブローカーである妻ナンシー(ケイト・ウィンスレット)が、被害者少年の両親、金物店を営むマイケル(ジョン・C・ライリー)とライターである妻ペネロペ(ジョディー・フォスター)が住まう、今やトレンディーなエリアとして知られる、ブルックリンのお洒落なアパートメントを訪ねる。
 
映画冒頭、けんかの報告書をまとめているペネロペ。
文面が自分の子どもに利するよう、少し表現を誇張してしまう。「少年が木の枝で顔を叩いた」と書けば良いところを「武装した(armed)少年が木の枝で顔を叩いた」と記述し、これを目敏く見つけたアランがすぐさま指摘する。
 
武装した」(armed)の部分は削除される。ペネロペが犯したこの無意識に近い「誇張」は、ほかの言葉などでも出てくるので、弁護士アランにとっては、要注意だったかもしれない。
 
初めは、社交的な物腰でお互いの立場を尊重しあいながら「和解」に努めた彼らだったが、ひっきりなしにかかってくる携帯電話を受け、仕事の会話に終始する敏腕弁護士アランが、その場の空気を険悪なものに変えていくのは確かだった。
 
アランを演じるクリストフ・ヴァルツは、仕事人間でどこでもお構いなしに、携帯で話をするという人物であることがわかる。妻のナンシーは、そのことに日ごろからうんざりしているのだが、慣れっこになっているとはいえ、他人の家で、携帯の手を止めない夫に対して、ついに最後の手段をとるのだが、これが痛快!
 
確かに、緊張感に満ちた一座の中で、アランの振る舞いは、度を超えており当事者たちをいらだたせるのだが、電話をかけてくる「ウオルター」なる人物もしつこい。
 


 
 
ケイト・ウィンスレットは、この数年で、大女優の風格すら感じさせる。
この映画でも堂々としている。夫の携帯にもうんざり、不毛の議論にもうんざり、とうとう・・・。
 
痛快なシーンも待っている!
険悪だった女同士も、その時ばかりは、すべてを忘れて・・・。
 
ジョディ・フォスターは、もう、あの「羊たちの沈黙」の時のような凛々しさはなく、アフリカの人権の活動に力を入れているらしく、夫の無理解にもうんざりしているところへ、今回の子供への暴力があって、ヒステリーのように、騒ぎ立てる演技ぶりが圧倒するほど。
 
この映画は、面白すぎて、書きたいところがありすぎるので、控えておく。
 

 
アメリカの弁護士(ロイヤー)というのは、やり手が多いのだろうが、このアランのように、電話で始終、利益追求のためには、いろいろな手を使う(広報発表など)ようで、横で聞いていたマイケルも、つい口をだして「妙な仕事」のようだな、と言ってしまったりする。アランは、立ち聞きするなと反論するのだが・・・。
 
忙しい、忙しいというアランは、早く切り上げて家に帰りたいところだが、コーヒーや、ウイスキーがあるといわれると、ついついまた長居をしてしまうという設定も面白い。最も、ハイさようならではストーリーにならないが・・・。
 
一見普通に見える夫婦も、一皮むくと、偽物だったり、偽善者であったりという仮面をしているのを、痛烈に批判しているのかもしれない。
 
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