映画「天国と地獄 Highest 2 Lowest」(2025)を見る。スパイク・リー監督は黒澤明監督の「天国と地獄」(英題 “High and Low”、1963)の単なるリメイクではなく「再解釈」した作品と述べている。主演はアカデミー賞を2度受賞しているデンゼル・ワシントン。
原作は、エド・マクベインの小説「キングの身代金」。富裕層と貧困層の対比、道徳的ジレンマ、身代金誘拐というスリラー構造を持つ作品。日本では劇場公開されず、Apple TV+で配信中。
期待が大きかったので、スリルもサスペンスもなく、オリジナル作品を見ている者にとっては、オリジナルの持つ緊迫感・スリラー要素の希薄さを感じ、全く別物としてみたほうがいいようだ。
ただ、スパイク・リーの演出センスや、ニューヨークの都市風景などは見どころ。確かに、低階層が多いブルックリン地区を結ぶブルックリン橋から見た見上げる超高層マンションのテラスなどは別世界。
貧困層から見たら、”天国と地獄”で憎悪の対象になってしまう。犯人が住む安アパートの部屋番号が「A24」(映画会社名)というのはお遊び。
犯人の指示で、キングがニューヨークの地下鉄に乗ると、ヤンキーススタジアムに向かうファンであふれ「レッツ・ゴー・ヤンキース!ボストンはクソ」という掛け声と拍手がすさまじかった。
ボストンというのはボストン・レッドソックスのことで、ヤンキースの宿敵球団。この辺りは、おとなしい日本のファンからすると、熱狂的過ぎて、ボストンのユニフォームを着ていたら、ピーナッツでも投げつけられそうだ(笑)。
映画の後半には、音楽的要素が物語に強く絡み、ラップ・バトル的な要素やパフォーマンスシーンが挿入される演出がある。
最終的には、デヴィッドは「身代金を支払う」「支払わないこと」の双方の選択肢を巡って苦しむが、物語は単純な “お金か命か” の二択では終わらず、物語の核心には「格差」「文化的アイデンティティ」「成功した黒人の立場の脆さ」などが据えられている。
富裕層と貧困層、上と下という対比が、オリジナルのテーマを踏襲しつつ、現代アメリカの問題を浮き彫りにする。
否定的な意見も多いようで、登場人物の動機・行動の説得力が薄い、論理の飛躍や安易な演出が目立つという批判もあるようだ。 映画が分散的になり、話を逸らす挿話(音楽や文化モチーフの挿入)が本筋の緊張をそぎ落とすという意見も目にする。
黒澤版・原作の完成度・抑制的な緊張感からすると、現代解釈の軽さや構成の雑さが目立ち、物足りなさを強く感じてしまうという要因も大きいようだ。
黒澤版が観客を密室に閉じ込める心理スリラーなのに対し、スパイク・リー版は社会派エンタメ・ドラマになってしまった。
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<ストーリー>
デヴィッド・キング(デンゼル・ワシントン)は、音楽プロデューサー/レコード会社経営者として成功を収め、“業界一の耳” を持つという評判がある。
キングは現在、大きな買収計画があり、全財産を投じてレコード会社の支配を奪還しようとしていた。
その矢先、キングの息子トレイ(オーブリー・ジョセフ)が誘拐されたという電話が入る。誘拐犯は 1750万ドル(約26億円)を要求する。
早期に警察も動き出し、ブリッジス刑事(ジョン・ダグラス・トンプソン)らが捜査体制を整える。
調査が進むうちに、実は誘拐されたのは 息子トレイではなく、キング家の運転手/助手を務めるポール(ジェフリー・ライト)の息子カイル(イライジャ・ライト)であることが明らかになる。
キングとポールは親しい関係にあり、車も共用していた関係性が背景にあり、デヴィッドは大きなジレンマに陥る。
「自分の息子ではない子に対して、なぜ大金を払わなければならないのか?」という論理的・道徳的葛藤がテーマになる。
一方、犯人側の動機も次第に明らかになる。単なる金銭目的ではなく、黒人文化・階層のズレ、社会的不平等への憤りなどを背景とする意図が透けて見える。
デヴィッドは最終的に、誘拐犯であるヤング・フェロン(エイサップ・ロッキー)と直接対峙するのだが…。
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<主な登場人物>
■デヴィッド・キング:デンゼル・ワシントン…主人公。音楽プロデューサー/レコード会社経営者。富と名声を得ているが、その背後にある社会的責任やアイデンティティの脆さと葛藤する。
■パム・キング:イルフェネシュ・ハデラ…キングの妻。家庭・夫婦関係の視点から、キングの選択に対して感情的な反応を持つ。
■トレイ・キング:オーブリー・ジョセフ…キングの息子。誘拐の標的だと思われたが、キングの息子が誘拐された。
■ポール・クリストファー:ジェフリー・ライト…キングの運転手/助手。キングと親しい。シングルファーザー。息子カイルが誘拐される。
■カイル・クリストファー:イライジャ・ライト…ポールの息子。トレイの友人。誤って誘拐されてしまった被害者。このことが主人公を倫理的ジレンマに引き込む
■ヤング・フェロン:エイサップ・ロッキー…誘拐犯(首謀者)。貧困層・アンダークラス出身。誘拐はキングが象徴する成功・金銭・文化のあり方に対する反発が動機。キングと直接対峙する。
■パトリック:レコード会社の経営陣の1人。キングとビジネス関係で対立することもある。
■アール・ブリッジス刑事:ジョン・ダグラス・トンプソン…誘拐捜査を担当。
■ヒギンズ刑事:ディーン・ウインタース…誘拐捜査を担当。
■fpdの黒澤明監督作品の、個人的ベスト10の中で、不動の2位「天国と地獄」とは天国と地獄ほどの差のある映画だった(笑)。
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