「モリのいる場所」(2018)を見た。監督・脚本は「南極料理人」(2009)「キツツキと雨」(2012)「横道世之介」(2013)などの沖田修一。
30年もの間、ほとんど自宅を外出する事なく庭の生命を描き続け、97歳で死去するまで生涯現役だった画家の熊谷守一を主人公に、晩年のある1日をフィクションで描いた作品。夫婦役を演じた主演の山崎努と樹木希林は、同じ文学座に在籍し50年以上の付き合いになるが、本作が初共演。
・・・
昭和49年(1974年)の東京。30年間自宅の小さな庭を探検し、草花や生き物たちを飽きもせずに観察し、時々絵に描く画家の熊谷守一ことモリ(94歳)(山崎努)と、その妻秀子(76歳)(樹木希林)。52年の結婚生活を共にした味わい深い生活道具に囲まれて暮らすふたりの日課は、ルール無視の碁。
暮らし上手な夫婦の毎日は、呼んでもいないのになぜか人がひっきりなしにやってきて大忙し。そんなふたりの生活にマンション建設の危機が忍び寄る。陽が差さなくなれば生き物たちは行き場を失う。
”画壇の仙人”ともいわれるモリの芸術を残そうと、近隣のマンション建設に反対する看板が絵画の道を目指す人々によって熊谷家の家の周りに打ち付けられる。
建設関係者がやってきて看板の撤去を求めてやってくる。モリの妻秀子はモリは出かけていると居留守を使うのだが・・・。「マンションが建つと日当たりが悪くなる。植木、虫、ネコ、鳥などがいる庭は主人の全てだからね」というのだが・・・。
・・・
古びた画廊の部屋が静止画のように映し出されるオープニングから、カメラはほとんど動かずに屋内から庭の自然を映すシーンが多い。アトリエの絵を見ると「蟻」や「鳥」の額縁の絵が飾ってあり、絵の対象が自然であることが分かる。
モリは、庭の中に切り株や椅子が十箇所くらい置いてあり、そこに座って石を眺めたり、ゴザを敷いて寝そべるのが数十年来の日課。取材のため撮影に訪れた藤田(加瀬亮)とアシスタントの鹿島(吉村界人)は、ほとんど動かないモリを根気強く追いカメラに収めようとする。
モリが横になって蟻を眺めていると「最近気づいたのだが、蟻は左から2番目の足から動き出す」などというので、藤田と鹿島も横になって、目を見開いて蟻の動きを観察するが、さっぱりわからない、というのがおかしい。
電話があり、秀子が受話器を取ると、文部省からだといい「文化功労なんとか、文化勲章を贈りたいと言っている」というと、モリは「そんなものをもらったら人がいっぱい来る事になるから断ってくれ」というのだった。
小ネタのエピソードが面白い。
建設反対の看板を取り外して欲しいとやってきた建設業者の水嶋(吹越満)とともにやってきた岩谷(青木崇高)は、見るからに怖そうな風貌。
岩谷は、脅しのために来たのかと思いきや、小学生の息子が描いた絵が、妻に言わせると”天才”ではないかというので見て欲しいというのだった。「自分は絵心がないもので」と差し出した絵は、台風の絵ということで、さっぱり理解できない代物。モリはひとこと。「下手だ」ときっぱり。「下手でいい。上手は先が見えてしまう。下手も絵のうちだ」だった。
昭和49年というと、テレビでは、ザ・ドリフターズなどが大人気。
熊谷家に集まって人々の口からは、長さん(いかりや長介)、加藤茶、志村けん、高木ブー、仲本工事がいいといった会話が飛んでいた。
ついに近隣にマンションが完成した。その屋上からは熊谷家の家と庭がすべて見渡せた。藤田(加瀬亮)はシャッターを押し続けた。
主な出演:
熊谷秀子:樹木希林
藤田武:加瀬亮
鹿島公平:吉村界人
朝比奈:光石研
岩谷:青木崇高
水島:吹越満
美恵ちゃん:池谷のぶえ
荒木:きたろう
知らない男:三上博史
全体として老夫婦の日常が淡々として描かれているので、物語の面白さはないが、小さな庭の昆虫やら小動物との関わりなどの画像はすばらしい。ドリフターズに対するオマージュか、複数の洗面器が上から落ちてくるシーンもあった(笑)。熊谷守一を全く知らなかったが、知っている人は、まさに本人のようだという評価もあるようだ。
2019年(2018年度)のキネマ旬報のベスト・テンでは11位に選ばれた作品。この映画のあと「万引き家族」などに出演して故人となった樹木希林と、山崎努という2人の円熟した演技は見所。樹木希林の台所でのネギを刻むシーンなどは、ほかの映画(「歩いても 歩いても」など)でも見られたが、リアルすぎてさすが。