92歳だった。大往生といえるかもしれない。若々しく「万年青年」と言われた。
映画には戦前から出演していたが、戦争で中国へ。抑留生活を経て1946年帰国。1949年の石坂洋次郎原作の「青い山脈」は戦後の自由な雰囲気を象徴する映画として大ヒットし、池部良のさわやかな演技もそれにふさわしいものだった。
その後も青春スターの第一人者として活躍を続けた。1950年に新東宝の「暁の脱走」、1952年に松竹の「現代人」と他社の作品にも出演。特に「現代人」では池部がそれまでの二枚目スターから演技派俳優として最初に認められるようになった作品であった。
「坊っちゃん」(1953年、岡田茉莉子共演、丸山誠治監督)、「雪国」(1957年、岸惠子共演、豊田四郎監督)、「暗夜行路」(1959年、山本富士子共演、豊田四郎監督)などの多くの文芸作品で翳のある青年を好演し、文芸路線や都会派映画に欠かせない二枚目スターとして君臨した。
戦後は、青春スター、文芸作品に数多く出演、60年代以降は任侠映画で活躍した。とくに「昭和残侠伝」シリーズで、高倉健との共演が印象に残る。「駅STATION」「小説 吉田学校」も存在感を示した。
主な主演映画:
海潮音(1980年)
駅 STATION(1981年)
小説 吉田学校(1983年)
居酒屋兆治(1983年)