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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

<span itemprop="headline">映画「もう頬づえはつかない」(1979)</span>

「もう頬づえはつかない」(1979)は、桃井かおりの代表作の1本。
もっと前の作品(70年代初め)かと思ったら、79年12月公開と、80年代に近い映画。

この頃は、若者は“しらけ世代”と呼ばれた。
また、“3無主義”という言葉も流行った。
無感動・無関心・無気力のこと。

早稲田の学生、まり子(桃井かおり)は、アルバイト先で知り合った同じ大学の橋本(奥田瑛二)と、30過ぎの冴えないルポライターの恒雄(森本レオ)という二人の男とつき合っていた。まりこは、二人の男との関係の中で、相手の男がそれぞれ、自分のこと(夢)ばかり追い続け、まりこの立場を考えないことなどから、自立していこうと決心する・・・。





出演:
桃井かおり (まり子)
奥田瑛二(橋本)
森本レオ (恒雄)
伊丹十三 (大家・高見沢)
加茂さくら (美容師・幸江)
伊佐美津江 (見習い・ユミ子)
日夏たより (明美
都倉成美 (女子大生・治子)
織本順吉 (まり子の父)
監督:東陽一

映画は、ATG(アートシアター・ギルド)系で公開された。

桃井かおりは、秋吉久美子などと共に、“なんとなく生きる”風潮を代弁した
しらけ世代女優の代表だった。

1970年代の桃井かおりの作品は、よく見た。
最近では「SAYURI」が印象に残る。
化粧品のCMにも出ているが、50代半ばとは思えない、つやつやした肌のようで、
若い。自信もあるようす(笑)。





お気に入りベスト5:

①「神様のくれた赤ん坊」←サスペンスフル!(笑)
②「青春の殺人者
③「青春の蹉跌」
④「もう頬づえはつかない」
⑤「ええじゃないか」

桃井かおりの出演作品:
(☆☆☆☆=お勧め、☆☆☆=良かった、★★=普通、★=見て損)

スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ(2007)★★
SAYURI(2005) ★★
IZO(2004)
またの日の知華(2004)
阿修羅のごとく(2003)
異邦人たち(2000)
大怪獣東京に現わる(1998)
たどんとちくわ(1998)
てなもんや商社 萬福貿易会社(1998)
ドリーム・スタジアム(1997)
東京夜曲(1997)
ラヂオの時間(1997) ★★
バウンス ko GALS(1997)
スワロウテイル(1996)
トキワ荘の青春(1996)
Swallowtail Butterfly ~あいのうた~(1996)
ファザーファッカー(1995)
第2回欽ちゃんのシネマジャック(1994)
棒の哀しみ(1994)
ご挨拶(1991)
われに撃つ用意あり(1990)
女がいちばん似合う職業(1990)
ドンマイ(1990)
レディ!レディ(1989)
木村家の人びと(1988)
TOMORROW 明日(1988)
噛む女(1988)
ハワイアン・ドリーム(1987)
自由な女神たち(1987)
おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ!(1986)
コミック雑誌なんかいらない!(1986) ★★
キネマの天地(1986) ★★
生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件(1985)
メイン・テーマ(1984)
シングルガール(1983)
疑惑 (1982) ☆☆☆
キッドナップブルース(1982)
青春の門 自立篇(1982) ★★
ええじゃないか(1981) ☆☆☆
夕暮まで(1980)
影武者(1980) ☆☆☆
もう頬づえはつかない(1979) ☆☆☆☆
男はつらいよ 翔んでる寅次郎(1979) ☆☆☆
神様のくれた赤ん坊(1979) ☆☆☆☆
夜が崩れた(1978)
幸福の黄色いハンカチ(1977) ☆☆☆☆
青春の殺人者(1976) ☆☆☆☆
櫛の火(1975)
アフリカの光(1975)
青春の蹉跌(1974) ☆☆☆☆
竜馬暗殺(1974)
僕は天使ぢゃないよ(1974)
エロスは甘き香り(1973) ★★
赤い鳥逃げた?(1973)
あらかじめ失われた恋人たちよ(1971) ★★
愛ふたたび(1971)

【ATG】1961年から1980年代にかけて活動した日本の映画会社。他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給し、日本の映画史に多大な影響を与えた。
また、後期には若手監督を積極的に採用し、後の日本映画界を担う人物を育成した。

ATGは良質のアート系映画をより多くの人々に届けるという趣旨のもとに設立され、年会費を払って会員になると多くの他では見られない映画を割安の価格で観られたため、若者たちの支持を得た。

60年代から70年代初めの学生運動ベトナム反戦運動、自主演劇などの盛り上がりの中で、シリアスな、あるいはオルタナティブな映画に対する関心は高かった。当時は御茶ノ水近辺に主要な大学が集中しており、新宿が若者文化の中心となっていて、ATGの最も重要な上映館であった新宿文化は、話題の映画の上映となると満員の盛況であった。このような状況と会員制度に支えられて、大島渚『新宿泥棒日記』、羽仁進『初恋・地獄篇』、松本俊夫薔薇の葬列』など、当時の若者たちに大きな影響を与えた話題作の製作が可能になった。(HPより)