仲代達矢のインタビュー(2017年)動画を見た。インタビュアは、イェール大学映画・メディア学プログラム及び東アジア言語・文学科(兼担)教授のアーロン・ジェロウ氏。
黒澤明監督の「七人の侍」にエキストラで出た仲代達矢が当時の状況を語っていて興味深い。通りすがりの浪人役(ノンクレジット)が映画デビュー作となった。
ノンクレジット
俳優座に通っていた19歳の仲代達矢は、たまたま黒澤明の「七人の侍」のエキストラ募集を目にして、駆け付けて採用が決まり、歩くだけの浪人役に出演。
百姓たちが、強そうな侍を品定めして「あの侍はだめだ」などというシーンで、お呼びがかからない侍の一人だった。
撮影は朝の9時に始まり「侍になっていない」「刀のつけ方がなっていない」などの監督のNGがあり、昼ごはんのあと、ようやくOKが出たのは、午後3時だったという。
「200人の大衆を後ろに待たせての屈辱的な一日のデビューだった」と語っている。
この時のことが「あまりにも屈辱的だったので、二度と黒澤映画には出まい」と思ったという。
6-7年後、黒澤監督から「用心棒」の出演のオファーが飛び込んできたが、仲代は断った。そのころには仲代は役者として、映画で地位を築き始めていたころで、黒澤監督は、断られても交渉を続けて、仲代によると「三度目に仕方なく受けた」という。
「用心棒」
「用心棒」では、望遠で撮ることが多く、いい加減な表情をしていると「今、アップを撮ってんだ」と怒られたという。
こうして、仲代は「椿三十郎」でも三船の敵役として登場することになる。
「椿三十郎」のラストの決闘のシーンは、台本には「シナリオでは書けない」とあったという。にらみ合いが30秒も続き、そのシーンは一発でOKとなった。
「天国と地獄」
黒澤作品では、このほか「天国と地獄」や、勝新太郎が降板して代役で出演した「影武者」や「乱」などに出演した。
「影武者」では、300頭の馬をアメリカから借りてきたといい、撮影が終了したときには300人の乗り手の一人一人に黒澤監督は握手をしたというからすごい。まさに黒澤「天皇」と言われるゆえんだ(笑)。
「日本の巨匠・五人の監督と仲代達矢」インタビュー動画(38分)、興味ある人はどうぞ。
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