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<span itemprop="headline">映画「怪談」(1964)</span>




怪談」(1964)を見た。”学校の階段”でも、”四谷怪談”でもない。小泉八雲原作の「怪談」に収録されている「黒髪」「雪女」「耳無芳一(みみなし・ほういち)の話」「茶碗の中」の4つの怪談話を映画化したオムニバス作品。

文芸プロダクションにんじんくらぶ製作、東宝配給。
監督は小林正樹183分。途中で「休憩」が入るほど長いが、日本が「東京オリンピック」で湧いていた時期に、構想10年で、9ヶ月の撮影期間と多額の予算、豪華俳優を擁した映画が製作されていたとは驚きだ。ただ興業的には失敗し、製作会社のにんじんくらぶは倒産に追い込まれたという。

映画は、第18回カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。「キネマ旬報」ベスト・テンの2位の作品。

■「黒髪」
昔の京都。貧しかった武士の男(三國連太郎)は、妻(新珠三千代)を捨てて遠い任地に向かい、良い家柄の娘(渡辺美佐子)と結婚する。しかし、その娘はわがままで冷酷な女だった。

男はいつも前の妻のことを思い出し、自分の身勝手さを反省した。やがて任期を終えて京にもどった男は妻のいる家に向かうが、そこには機織をしている妻の姿があった。男は今までの自分を詫び、妻をいたわり、一夜を共にするが、夜が明け男が目を覚ますと横に長い黒髪があった。それは妻の髑髏(どくろ)の頭から生えていた。



・・・新珠三千代が健気に夫に尽くして、完璧だったのだが、男は「貧しさに疲れた」と言って無分別の若い時代に立身出世に目がくらみ、家を出てしまう。隣の芝が青く見えたというのがわかり、反省して戻った時には、恐怖が待ち構えていた、というのが怖い。一瞬、「サイコ」のラストシーンを彷彿とさせた。
■「雪女」
武蔵国の巳之吉(仲代達矢)は、茂作と森へ薪を取りに行くが吹雪にあい、森の中の山小屋に一泊することになった。その夜、巳之吉は白い着物姿の女を目撃する。女は茂作に白い息を吐いて凍死させ、巳之吉に「今夜見たことを誰にも話してはいけない。もし話したらお前を殺す」と言って小屋から消えた。



一年後、森へ薪を取りに行った巳之吉は、その帰り道で若くて美しいお雪(岸恵子)という女性に出会い、彼女と結婚し3人の子宝に恵まれた。

村の女たちからも羨ましがられて幸せに暮らしていたある吹雪の夜、巳之吉はお雪の顔を見て、ふと10年前に山小屋で会った雪女のことを面白おかしく話し出してしまう。戸惑いながらも話を聞き終えたお雪は「その女は私。さても子らを不幸せにすれば命は無いものを・・・・」と、言い残して吹雪の中へ消えていった。


・・・岸恵子は当時32歳で、その美貌が光るが、雪女の岸恵子は、能面のようで、目つきからして怖い。
仲代達矢は当時31歳くらいだが、19歳の若者と30歳くらいを演じているが、流石に10代は無理があった。
■「耳無芳一の話」
盲目の琵琶法師の芳一(ほういち)(中村賀津雄は、ある夜、彼の前に現れた甲冑姿の男(丹波哲郎)に「高貴な人に琵琶を聴かせるために迎えに来た」と言われ、ある場所に連れていかれる。

芳一はそこで「平家物語」の壇ノ浦の合戦のところを琵琶で奏でて唄う。
それから武士は毎晩、芳一を迎えに来て、芳一も繰り返し琵琶を奏でるのだった。



寺の住職(志村喬)は毎晩どこかに出かける芳一を心配して寺男の矢作(田中邦衛と松造に芳一の後をつけさせる。その夜、芳一の後をつけた寺男が見たのは、人魂が飛び交う平家の墓場の前で琵琶を奏でる彼の姿だった。


住職は平家の怨霊に取り憑かれた芳一の体じゅうに般若心経を書きつける。
その夜、いつものように芳一を迎えに来た武士は何度も芳一の名を呼ぶが、返事がない。しかし、空中に耳が二つ浮かんでいたのでその耳を引きちぎって持って帰っていった。

両耳を押さえ悶絶する芳一。住職は芳一の耳にだけお経を書くのを忘れていたのである。その後芳一は”耳無芳一(みみなし・ほういち)”と呼ばれ、その名声は遠方まで聞こえたという。
・・・壇ノ浦の戦いは、栄華を誇った平家が滅亡に至った治承・寿永の乱の最後の戦いだが、亡くなった平家一門が眠る墓の前に死者が芳一を呼び寄せ、最後の合戦の模様を芳一に聞かせて欲しいと所望し、芳一が琵琶(びわ)を奏でながら平家の最後の状況を語るシーンは、まるで歌舞伎を見ているような錯覚すら覚えた(歌舞伎は見たことはないが・・・)。死者の霊に対抗するために?芳一の体中に墨で経文をぎっしり書いた光景は、異様だった。ただ、四篇中では、一番印象に残るエピソードだ。

■「茶碗の中」
中川佐渡守の家臣の関内(中村翫右衛門)は、年始廻りの途中、茶店で水を飲もうと茶碗に水を汲み、顔を近づけるが、茶碗の水に見知らぬ男の顔が映っているのに気付く。水を入れ替えたり茶碗を変えたりしても同じ男の顔が映っていた。

結局彼は男の顔が映った水を飲み干した。その夜、夜勤している関内のもとに式部平内(仲谷昇と名乗る一人の若侍が現れる。その男は昼間茶碗の中に現われた男だった。

関内は彼を斬りつけるが消えてしまった。屋敷に戻った関内は三人の侍の来訪を受ける。平内の家臣と称する三人は「主人があなたに斬られて療養中である。来月十六日に必ず恨みを果たしに来る」と言った。関内は三人に斬りつけるのだった・・・。

この物語は、明治32年(1899年)、作家(滝沢修が結末のない奇怪な物語として書いたものである。作家のもとに版元が訪ねる。おかみさん(杉村春子)は作家を探すがどこにもいなかった。版元(中村鴈治郎は作家の書きかけの原稿を手にした。「人の魂を飲んだ者の末路は・・・」そのとき、おかみさんが水瓶を指さして悲鳴を上げた。版元も水瓶に近づくと、水瓶の中に作者が映り、手招きをしていたのである。

・・・四つのエピソードの中では、今ひとつピンと来ないのが残念。

3時間の時間が長い。
四つのオムニバスだが、3つくらいにして、コンパクトにしたほうが見やすい気がする。背景は全てセットで、広大なスペースに池なども含め大屋敷を設置したようだ。雲のかなたに大きな人間の目が不気味にこちらを睨んでいるのが印象的。3時間、身構えて見ないと睡魔に襲われるかも知れない。

監督:小林正樹
製作:若槻繁
脚本:水木洋子
原作:小泉八雲
撮影監督:島義勇
音楽音響:武満徹

☆☆☆



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