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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

映画「ドライブ・マイ・カー」(2021)を再見。多面的面白さ。

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ドライブ・マイ・カー」(2021)を再見した。先日の「アカデミー賞」で「国際長編映画」を受賞(日本映画では「おくりびと」以来13年ぶりの快挙)。

この映画の面白さは多面的で、カセットテープに録音された「」や多言語による舞台や手話などコミュニケーションのツールと、ストーリーテリング(登場人物の物語と演劇の中身とのシンクロなどの脚本)の面白さなどがある。

1回目鑑賞が3月上旬だったので、まだ記憶に新しいが、いろいろなエピソードが絡み合っていてわかりにくいところもあったので、やや俯瞰して見ることにした。

思い出すエピソードの例としていくつかあるが・・・。

(1)家福と妻・音(おと)の寝物語の「やつめうなぎ」と「空き巣」の話。

(2)寡黙なドライバーの渡利みさきが10歳の時に母が8歳の子供「さき」となって現れた話。

(3)劇中劇である「ワーニャ伯父さん」のワーニャと姪のソーニャの話。

(4)家福の愛車「サーブ900」が物語のラストでは韓国にあって、みさきが運転している話。

この他にも、音(おと)の視点、高槻の視点などが描かれている。

音が語った「空き巣」の話というのは、ある女子高生が好意を抱いている男子校生の家に、仮病で休んで空き巣に入り、男子校生に気づかれないような「何か」を持ち帰り、代わりに、自分がいた痕跡となるような「何か」をさりげなく置いてくるという話だった。この話は、音が、夫である家福に話したことだった。

ところが、音と関係を持っていた高槻は、音からその続きを聞いていたというのだ。女子高生が空き巣に入っているところに、物音がして家に入ってきたのは、その家の男子生徒でもその両親でもなく、別の空き巣だったというのだ。その空き巣は何もまとっていなかった女子高生に襲いかかり、必死に抵抗した女子高生は空き巣を殺してしまう。

女子高生は死体を家に放置したま家を後するが、それから起こった変化といえば家に監視カメラが設置され、男子高校生は何事もなかったかのように過ごしていた。 女子高生は罪の意識に苛まれ、防犯カメラに向かって「私が殺した」と告白するのだ。 自分の罪を告白した女子高生と、不倫をしていた音の告白と重なるのではないか。

家福という人物は、ふとしたことから、自宅で不倫をしている妻・音を発見するが、その場に踏み込むこともなく、そっと家を後にする。家福は、妻・音や不倫相手を責めるでもなく知らんぷりというのが不思議だったが、そこに至るまでのさまざまな事情(4歳の娘を亡くし音は数年間落ち込んだこと、家福が真実を知ることで音を失う恐怖など)があり、胸にしまっていた。

ただ、あるとき、音が「今夜帰ったら話がある」と夫の家福が出かけるときにに話すと「改めて何?」とだけ言って出て行く。その夜は、家福は、何か嫌な予感がして、まっすぐに帰らずに車を乗り回し時間を稼いで遅くに家に帰ったのだが、帰ると妻・音が倒れていて両院に運ばれたが亡くなった。

音が生前伝えたかったのは、自分が病に冒されていたことなのか、不倫していたことの告白だったのか。家福は、もっと早く帰っていればという後悔の念、強い喪失感を味わうことになる。

ここまでがこの映画の3分の1で、ここで初めて、映画の出演者、スタッフの名前が出てくる。前置き、前段でこれほど長い映画は見たことはない。ある意味で衝撃(笑)。もっともタイトルは、映画の最後に「DRIVE MY CAR」と1行だけ出てくる。

・・・

映画は「2年後」として舞台は主に広島そして北海道へと移っていく。

舞台劇として登場する「ワーニャ伯父さん」の原作も読みたくなった。人生に絶望するほどの喪失感を持った家福が、演劇で演じるワーニャ伯父さんの生き様にやがて重なっていく。

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家福のドライバーを務めるみさきは、母から中学生の時に車の運転を教わり、母親の仕事(夜の水商売)の送り迎えを15歳の時に行っていたというのだ。

みさきは田舎から札幌まで、片道車で1時間、朝晩の往復二時間、車の振動で母を起こさないようにした。起こして母から殴られたこともあった。

そうして、運転技術を磨いた。

そんな中、家が火事で焼け、みさきだけ逃げることができたが、母を助けに戻らなかった。助けようと思えば助けられたのにと言う後悔が残った。母も亡くなり、車の運転だけができたので、15歳で広島に来てドライバーとなって8年という。

家福の車は、15年間乗り続け、自分の癖が車についているので、ほかの人が運転するなどとんでもないという人物だった。試運転ということで納得し、みさきが運転するのを見て、運転技術の高さ、正確さに満足する。

韓国語通訳を兼ねた公演関係者の自宅に招かれた時に、「みさきさんの運転はどうですか?」と聞かれて「乗っていて心地いい。安定して車に乗っているという感覚がなく、すばらしい」とほめたたえている。

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家福は、自分と同じような悲しい過去を背負っているみさきには、カセットテープの声が妻・音の声であることなどを伝えた。何度もカセットを聞いていたみさきは、その声が素晴らしいと言っていたからだった。

家福は、見てみないふりをして傷ついていたが「(音が)うそをつき続けていたことを責め立てたい。帰ってきて欲しい。もう一度だけ話がしたい。妻を失ってしまった。永遠に」と苦悩する。

みさきは家福と音の話を聞き「(不倫をしていても)音に嘘はなかったのでは」と家福に話している。

亡くなった娘が生きていればみさきと同じ23歳になっていたことで、みさきに娘を投影していたのかもしれない。

映画も、劇中劇「ワーニャ伯父さん」も、過去を背負って生きていかなけらばならないことを示している。

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濱口監督は、本作は「声」がテーマであるという。濱口監督が原作で一番印象に残っていたというのが高槻の「言葉」のシーンだという。

高槻を演じる岡田将生が、家福に向かっていう。

「結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」と涙目の高槻の演技とは思えぬ「言葉」。 

監督の思惑通りに“演じ切った”岡田将生の存在感が、大きかったと言えそうだ。高槻の性格というのもよく出ていた。

高槻は、性格が直情的(「自身をコントロールできない」と演出家の家福からも言われる)で、女性に対しても自制心がない。

その高槻が、自分の不倫相手・音の夫である家福に向かって「家福さんに嫉妬しています。音さんと20年も一緒だったんですから」というと家福は「ボクに?」「君が?」と皮肉っぽく笑い返すのだが・・・。

そんな時、バーの近くに座っていた男がスマホで俳優として売れ始めていた高槻を隠し撮りしていたのを見て、高槻が「今、撮っていたよね!」と文句を言いに立ち上がる。結局、高槻はこのあと、別の隠し撮りの男に暴行を加えて、男が亡くなり、送検されることになるのだが。

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舞台のリハーサルの本読みというのも独特。感情を入れずにセリフを話すというのをなんどもなんども繰り返すのだ。オーディションで選ばれた台湾出身の女性ソニア・ユアン(ジャニス・チャン役)は「私たちはロボットではない」と言い返す一幕もあるが「上手く言う必要はない」と家福は突っぱねる。セリフを体に染み込ませて、本番で初めて内面からセリフが出てくるというのだ。

出演者たちの中には、家福が退席したあと「(立ち稽古がなく)本読みばかりだね」「正直、外国語のセリフなど眠くなる」「お経を聞いているみたい」といった声がある(笑)。多言語劇で、ロシア語、韓国語、北京語(台湾語)、英語、ドイツ語、日本語の6カ国語が飛び交い、さらに「手話」が加わっている。

世界に知られた原作の「ワーニャ伯父さん」の舞台劇で、こういう多言語の魅力というのも外国で受けた理由の一つかも知れない。

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「ワーニャ伯父さん」で重要な役ソーニャを演じたパク・エリムという韓国女優の演技も良かった。この映画の「ワーニャ伯父さん」のラストのシーンが、全てを物語っている。「苦しんだ人生でしたが、生きていきましょう」と勇気づける言葉だった。

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ところで、みさきを演じた三浦透子は、濱口監督の「偶然と想像」のオーディションに参加して”偶然”出会ったことが縁で、この女優ならドライバー役のみさきでいけると”想像”したのかもしれない。

車の運転はゼロから始めたという。ヘビースモーカーのようにタバコを常に手放さなかったのは、これも禁煙者には大変なはずだが・・・。

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みさきが、数年後、韓国で「サーブ900」を運転していた。家福が、愛車をみさきに譲り渡したのだった。

■「初見」の記事:

fpd.hatenablog.com

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