ルキノ・ヴィスコンティ監督の初期の作品「ベリッシマ」(原題:Bellissima、イタリア、1951)を見た。日本公開は製作30年後の1981年。ヴィスコンティ作品としては、地味な人情映画だからか(笑)。しかし、これは隠れた名作。
”ベリッシマ”というタイトルだけではわかりにくいが、美しい少女のこと。ヴィスコンティ作品としては、珍しくコメディタッチの映画で面白い。特に主演のアンナ・マニャーニの演技を見るだけでも価値がある。
生活がギリギリで、夫に内緒で自分の娘を子役オーディションに受けさせようとするステージママ(アンナ・マニャーニ)の奮闘記。
(ストーリー)
イタリア・ローマ郊外のチネチッタ撮影所で映画の子役オーディションが行われた。
6歳から8歳の女の子が対象。看護医師のマッダレーナ(アンナ・マニャーニ)は夫のスパルタコ(ガストーネ・レンツェッリ)に内緒で娘のマリア(ティーナ・アピチェッラ)を連れて行くが、娘が迷子になり、遅れてしまう。幼さがあり、実はまだ5歳。
マリアは発音がうまくできなかったが、詩を暗誦して一次審査を通過する。
途中出会ったスタッフのアンノヴァッツィ(ヴァルテル・キアーリ)に写真屋を紹介してもらい、さらに元女優の自称・演技の教師(テクラ・スカラーノ)を雇い、バレエを習わせ、衣裳を新調して二次審査通過に備えた。
他の母親がコネを使っていると聞き、アンノヴァッツィに看護士の仕事で稼いだ5万リラを渡して関係者に根回ししてもらうように頼んだ。ところがアンノヴァッツィはその金をバイクを買うのに使ってしまい、さらにマッダレーナを誘惑するが、彼女は笑い飛ばして相手にしない。
審査のための撮影が終わり、映写室で監督たちがフィルムを見ているのをこっそり見せてもらう。ところが、マリアは消すように言われたケーキの上のロウソクの火を消すことができず、さらに詩の暗誦で詰まって泣き出してしまう。
それを見た監督たちが大笑いし、マッダレーナは娘が笑いものにされたことに深く傷つく。結局、マリアは合格したのだが、大金のギャラを提示されたが、娘を笑いものにした映画会社に憤慨し、契約を突きはねたのだった。
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主人公のマッダレーナの住むアパートの前は、野外映画場となっていて、ジョン・ウエイン主演の「赤い河」が上映されていると、「モンゴメリー・クリフトがかっこいいのよね」といった声も聞こえてくる。映画のラストの方では「バート・ランカスターの映画が上映されている」という声も。当時、アメリカで人気の女友ラナ・ターナーの名前も飛び出していた。
戦後もまもない頃の1950年ゴロンイタリアでは、映画業界もまだ厳しい状況。マッダレーナが娘を連れて映画スタジオに行くと、そこの編集者の女性は、女優の経験もあるという。聞いてみると、「女優業は、必要な時に呼ばれるだけだ。編集など定職に就くしかない」と今の仕事をしているという。
自分の娘が、オーディションで「ヴェネッツィアの終焉が近づいている…」という詩の朗読の後、泣き崩れるのを見ていた映画製作の審査員たちが、笑ったことで、マッダレーナは痛く心が傷ついていた。映画監督が、オーディションに合格したので、契約書にサインをするよう求めてきた。夫は「選択肢は二つ。契約書に署名するか、徒労に迷うかだ」と署名を迫るが、マッダレーナは、毅然として、契約を断るのだ。「ローマ中の人を糖尿病にしてでも働くわ」と力強く決意するのだった。
イタリアのネオレアリスモの精神に則り、力強く戦後まもなのくローマの庶民生活を描いて、実にみずみずしい作品でもあった。イタリアで後に有名になるフランコ・ゼフィレッリとフランチェスコ・ロージ(共同脚本も)が助監督で参加している。
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■「ベリッシマ」(BELLISSIMA、1951年、イタリア)
■監督:ルキノ・ヴィスコンティ
■製作:サルヴォ・ダンジェロ
■原案:チェーザレ・ザヴァッティーニ
■脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/フランチェスコ・ロージ/ルキノ・ヴィスコンティ
■撮影:ピエロ・ポルタルーピ/ポール・ロナルド
■音楽:フランコ・マンニーノ(ガエターノ・ドニゼッティの「愛の妙薬」)
■助監督:フランチェスコ・ロージ/フランコ・ゼッフィレッリ
■製作会社:ベリッシマ・フィルム
■日本公開:1981年
■116分、モノクロ
■出演:
マッダーレナ:アンナ・マニャーニ
マリア:ティーナ・アピチェッラ
アンノヴァッツィ:ヴァルテル・キアーリ
スパルタコ:ガストーネ・レンツェッリ
演技の先生:テクラ・スカラーノ
写真屋の妻:ローラ・ブラッチーニ
監督:アレッサンドロ・ブラゼッティ
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