「ファースト・マン」(原題:First Man, 2018)を見た。日本での劇場公開は2019年2月。歴史学者ジェイムズ・R・ハンセンの同名小説が原作。1969年にアポロ11号で世界初の月面着陸に成功した米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士、ニール・アームストロングのストイックとも言える内面と人物像を描いた映画。監督は「セッション」「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル。
月に向けてロケットを打ち上げるという映画はこれまでにもあった。
「アポロ計画」関連だけでも「アポロ13」(1995)「フロム・ジ・アース 人類、月に立つ」(1998)「月のひつじ」(2002)など。
アポロ計画よりも前に実施されたアメリカ初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」では「ライトスタッフ」(1984)などが知られる。「スペース カウボーイ」(2000)はマーキュリー計画(人類でなくチンパンジーを使った)を描いたクリント・イーストウッド監督・主演・制作の映画だった。
アポロ計画は、1961年から1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸に成功した。アポロ計画(特に月面着陸)は、人類が初めてかつ現在のところ唯一、有人宇宙船により地球以外の天体の到達した事業。これは宇宙開発史において画期的な出来事であり、人類史における科学技術の偉大な業績としてもしばしば引用される。
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「ファースト・マン」とは、月を歩いた”最初の男”のこと。寡黙で常に目の前の仕事に真摯に取り組むニール・アームストロングの孤独でストイックな姿とその家族を深堀して描いている。
ニールは2歳の娘カレンを病いで失うが、会議の席で、ニールへの質問の中で「娘さんが亡くなられて…」と切り出されてことに対して「質問と関係があるのか」と表情を変えずにいうのだ。しかし、月面に到達したニールは、カレンの持っていたブレスレットを月面に残すのだった。
轟音のように響く大迫力の音楽があったかと思うと、月面に一歩を記す時の、言葉と音楽が一切ない静寂さなどのバランスが素晴らしい。
一方で、生活が苦しい人々、とりわけアフリカ系アメリカ人からは、宇宙への莫大な費用を使うことに対する厳しい反対意見も聞かれた。
プラカードを持った人々がニールの家の前で叫ぶ。
「(宇宙飛行でパイロットが亡くなったことなどに対して)きょうは何人の子供たちを殺した?」「俺たちが週給50ドルの貧困に苦しんでいるのに、白人は莫大な金を使って月へ行く」とアフリカ系詩人のギル・スコット・ヘロンが語る「Whitey on the Moon」(月に降りた白人)」の言葉がくり返し叫ばれた。
チャゼル監督が描きたかったのは、宇宙飛行士の偉大な功績ではなく、アポロ計画の裏側で、多くの悲劇や失敗、反感が渦巻くなかでの出来事を描くことだったようだ。
ニール・アームストロングに限らず、宇宙開発競争時代の宇宙飛行士を題材にする場合、すでに決定的瞬間などは、ほとんどすべて過去に映像化されているため、いかにして、新しい切り口で映像化するかが課題となる。
主人公をひとりの人間として、ストーリーの中心に据え、深く描くかが映画として求められ、チャゼル監督は、見事に着地を決めたようだ。
1960年代の米ソの宇宙開発競争が国の威信をかけて競われていた時代。ソ連との開発競争も追いつ追われつの背景も描かれている。J.F.ケネディ大統領の「今世紀中に人類は月に到達する」という生の声と映像も挿入されている。
ニールが、宇宙へ向かうための荷造りをしていると、妻ジャネット(クレア・フォイ)が「帰れる可能性は何パーセントか」と食いさがり「子供たちに言葉もかけないで出て行くのか」と叱責するシーンは、胸に迫る。パッキングしているスーツケースを取り上げて、放り投げるのだ。2人の男の子供と対面するが、下の息子の方は父親に顔をうずめてくるが上の子は、ハグをするでもなく、クールに距離を置くように手を差し伸べるだけ、というのも印象的だった。
女優のクレア・フォイは「蜘蛛の巣を払う女」(2018、未見)の主演リスベット・サランデルを演じている。「ファースト・マン」では、強烈な個性が光っている。
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