「シングルマン」(原題:A Single Man, 2009)を見た。
コリン・ファースといえば「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001)や「ラブ・アクチュアリー」(2003)などで知られる英国の個性派俳優だが、「シングルマン」では、人生のパートナー(同性)がこの世を去り、失意のどん底に沈む男を繊細に演じて、演技派ぶりを見せつけた。
世界的なファッション・デザイナーとして知られるトム・フォードの監督デビュー作。
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1962年11月30日。今日も新しい朝がやって来た。
しかし、この8ヶ月間、ジョージ(コリン・ファース)にとって目覚めは、愛する者の不在を確認する苦痛に満ちた時間でしかなかった。
16年間共に暮らしたジム(マシュー・グード)が交通事故で亡くなって以来、ジョージの悲しみは癒えるどころか、日に日に深くなっていた。
だが、彼は自らの手でこの悲しみを終わらせようと決意する。LAの大学で英文学を教えている内省的でシニカルなジョージと、輝くような生命力とユーモアに満ち溢れた建築家のジム。
正反対の性格に惹かれ合い、固い絆を結んだ最愛のパートナーのもとへと今日、旅立つのだ。大学のデスクを片付け、銀行の貸金庫の中身をカラにし、新しい銃弾を購入。
着々と準備を進めるジョージであったが、一方で、今日が最後の日だと思って世界を眺めると、些細なことが少しずつ違って見えてくる。最後の授業ではいつになく自らの信条を熱く語り、講義に触発された教え子ケニー(ニコラス・ホルト)が、学校の外で話したいと追いかけてくる。
彼の誘いを断って銀行に行くと、いつも騒がしい隣家の少女と偶然出会う。
ジョージは少女の可憐さに始めて気付き、彼女との正直な会話に喜びさえ感じるのだった。
だが、帰宅したジョージは、遺書、保険証書、各種のカギ、「ネクタイはウインザーノットで」のメモを添えた死装束・・・全てを几帳面にテーブルに並べる。
そしてベッドで銃口を口内に向け、体勢を何度か立て直して、自殺を試みるが、うまくいかない。その時、かつての恋人で今は親友のチャーリー(ジュリアン・ムーア)から電話が入り、ジョージは破るつもりだった約束を守って彼女の家を訪れる。
夫と子供に去られて孤独な彼女の身勝手な言動に振り回されながらも、未熟で奔放だった青春時代を共にロンドンで過ごした彼女と心から笑い合うジョージ。
そして、一日の終わりには、彼の決意を見抜いていた大学生ケニーの思いがけない行動にジョージは心を揺さぶられる・・・(MovieWalker)。
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デザイナーとして活躍していた監督ということで、映像が美的なセンスにあふれていたと言える。映画の冒頭から、海の中で、裸で漂う主人公。悪夢に苛まれているのか、何度も登場する。そのすぐ後に交通事故で、唯一無二のパートナーの死の映像。
それでも主人公ジョージの独白は、「世界が期待する”ジョージに化ける”のは芝居じみている」というもの。大学で講義をするジョージ。ぼんやりうつろで、”恐れ”
(Fear)について話を進める。「マイノリティの恐れ、老いや孤独の恐れ、語りかけても通じない恐怖、プレスリーの腰振りの恐怖、口臭で嫌われる恐怖・・・」などと話す。
この映画で驚かされるのは、目のアップ、口元のアップなどが多いこと。
とくにジョージが大学の受付嬢と会話するときの、ドッキリとするような女性の目のアップと唇のアップなどは、驚かされる。講義中でも、聴講生の目がアップされたり・・・。大学教授でゲイのジョージには、無意識のうちに、強く目に焼き付いてくるからか。
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近所の顔見知りの少女から、ジョージは「変な眉ね。チャールトン・ヘストンにしたら。”ベン・ハー”の」と言われたりする。16年も一緒に住んでいたジムと別々の本を読んでいたが、ジョージは「変身」(カフカ)であり、ジムは「ティファニーで朝食を」(トルーマン・カポーティ)だった。大学生ケニーのヘアスタイルについて、ジョージが尋ねると「ジェームス・ディーンの真似をした」という。1962年が時代背景となっているので、そういった当時の流行などが取り込まれている。
ジュリアン・ムーアが、当時流行った「ツイスト」か「ゴーゴー」のような格好で踊るシーンがあるが、めずらしいかもしれない。
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映画としては、コリン・ファースの内面の葛藤などが描かれていて、その点では、見る価値はあった。ただ、ストーリーとしては、今ひとつピンと来ないのも事実。一旦は自殺を中止したが、別の要因で、運命の皮肉というべきか、結果として命を落としてしまうという結末だった。
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