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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

映画「せかいのおきく」(2023)を見る。「第97回キネマ旬報ベスト・テン」第1位(作品賞)。

せかいのおきく」(2023)は、テーマが江戸時代末期の厠(かわや:便所)の屎尿(しにょう)・ふん尿を安く買い、それを下肥(しもごえ=肥料)として農村に売るという、循環型社会を支えた下肥売買の若者らの青春を描いた物語。

第97回キネマ旬報ベスト・テン」で堂々の第1位(作品賞)となった作品。監督は「北のカナリアたち」などの阪本順治監督、主演は「小さいおうち」などの黒木華(はる)。90分、モノクロ(ただし、章の終わりに数秒のカラーシーンがある。これがアクセントになっている)。

黒木華は、その古風な外見が明治・大正・昭和初期ごろの女性を体現するのにぴったりで、全く違和感がない女優。

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江戸時代末期を舞台に喉を切られて声を失った女性おきく(黒木華)と、紙屑拾いの中次(寛一郎)と下肥(しもごえ)買いの矢亮(池松壮亮)が出会い心を通わせていく姿をモノクロの映像で描く。眞木蔵人、佐藤浩市石橋蓮司などが共演。

阪本順治監督が日本映画作品賞を受賞するのは「顔」(2000)以来23年ぶり、また「半世界」(2019)以来4年ぶり3度目の日本映画脚本賞を受賞。

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<ストーリー>

22歳のおきく(松村きく、黒木華)は、武家育ちでありながら、今は貧乏長屋で父・松村源兵衛(佐藤浩市)と二人暮らし。長屋で暮らす人々は、厠(かわや)がいっぱいになり、糞尿を取りに来る矢亮らを待つが、その間の臭いに鼻をつまむ。

おきくは、毎朝、便所の肥やしを汲んで狭い路地を駆ける中次(ちゅうじ、寛一郎)のことをずっと知っている。雨の日に、厠の前で雨宿りしようとしたところ、中次と矢亮(池松壮亮)と出会った。

ある時、父・源兵衛が、迎えの侍たちと黙って出かけたので、おきくは後を追ったが、源兵衛は刀で斬られ、おきくも喉を切られて声を失っってしまった。

おきくは、それでも子どもたちに文字を教える決意をする。雪の降りそうな寒い朝

握り飯を作って中次の家を捜し歩くが途中で、荷車にはねられて握り飯は、ぺしゃんこに。やっとの思いで中次の家にたどり着いたおきくは、身振り手振りで、精一杯に気持ちを伝えるのだった。

中次は、武家の出のおきくと文字の読み書きもできない自分では釣り合わないと身を引こうとするが、おきくの思いは変わらず、中次は、いつか読み書きを覚えさせてほしいとおきくに頼むのだった。

そして、世の中を変えてみたいという希望は捨てずにいたのだった。

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映画は「序章」の「江戸のうんこはいずこへ」から始まり、第一章「むてきのおきく」第二章「むねんのおきく」第三章「恋せよおきく」第四章「ばかとばか」第五章「ばかなおきく」第六章「そして舟は行く」第七章「せかいのおきく」(映画のタイトル)終章「おきくのせかい」と続く。

江戸末期の長屋暮らしをする人々や糞尿の売り買いといった底辺で暮らす人々の生活ぶりと坊さんの世界観などをさらりと描いている。

中次は糞尿を売り買いする矢亮の手伝いをするようになりコンビを組むようになるが、二人のやり取りは「隠し砦の三悪人」の太平(千秋実)と又七(藤原釜足)の凸凹コンビのようにコミカルな会話が面白い。

矢亮が、ことあるごとに「糞(くそ)」にまつわるダジャレを言うが、矢亮が「ここは笑うところだ」と言っても中次は無反応。ところが、いつしか、中次もダジャレを言うようになるところがおかしい。

こんな矢亮のセリフ。
「くそもみそも一晩おいておいたほうがいいんだ。それが「くそ・みそ一緒ということだ。笑うとこだぜ」「こんな世の中、くそくらえと思ったけど、くそくらっちまったよ。笑うとこだよ」「くその尻ぬぐいだ。笑うとこだぜ」「くその役にも立たない」…くそのオンパレード。

これらは矢亮のセリフだったが、中次がついに矢亮に反発するように「兄ぃは気持ちは強いが、心がねぇ。世間の鼻つまみ者だ。鼻をつまむって言ったってくその臭いじゃねえよ」

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おきくのセリフも面白い。
第一章で、「くそ」とか「へ(屁)」とか平気で言えるようになりました。…矢亮が糞尿を処理していると「私のモノ(=糞尿)は入っておりません。何度も言わせないでください」と語気を荒げていったかと思うと、第四章では、好意を寄せる中次の名前を筆で「ちゅうじ」と書くと、恥ずかしい素振りを見せるなど乙女チックになる。

 

おきくの父・源兵衛(佐藤浩市)は「ケツ拭くにも手が届かない」だったり、「おきくみたいなのは厄介だからな。飯粒(めしつぶ)ひとつこさえてはくれない」と嘆く。

源兵衛は時々、空を見上げて手を叩くが「この空の果てはどこかわかるかい?果てなんかねえんだよ。井の中の蛙だ」

坊さんが寺子屋の子供たちを前にして言うセリフは「せかいというのは、あっちのほうへ行くと、こっちのほうから戻ってくる。そういうものです」というものだった。子供たちはきょとんとしていたが。

映画の冒頭から「肥溜め」のシーンがあり、思わず鼻をつまむような場面で苦痛を覚える(笑)。モノクロだから、多少は我慢ができたが、章ごとの終わりがカラーになるのでぞっとした。

 

矢亮は「くそがオレたちの食い扶持(ぶち)だよ。屁をしたついでにくそを垂れてんだよ。だからありがたく頂戴してんだよ」というセリフもあった。

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阪本監督によると、資金集めのために短編を制作したがうまくいかず、その短編で描いた内容をクライマックスとしてつながるように長編の脚本を執筆したという阪本監督のオリジナル脚本による時代劇。

「時代劇は多々あれど、こういう糞尿まみれの脚本で賎民を描く大胆な企画をやった者はいないと思う。なので自信を思ってこの賞をいただきたいです」とスピーチ。

 

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