「ちひろさん」(2023)を見る(2月23日からNetflixと都内・武蔵野館など劇場同時公開)。人気漫画の実写化で、海辺の小さな街の弁当店で働く元風俗嬢・ちひろ(有村架純)に吸い寄せられるように集まる人々の孤独と癒やしを描く。
特に何も起こらない、静かな日常をゆっくりと淡々と描いているところが逆に新鮮。
監督・脚本は「街の上で」(2021)「窓辺にて」(2022)などの今泉力哉。主演はちひろを演じるのは有村架純で、共演は、風吹ジュン、リリー・フランキー、平田満、市川実和子ほか。
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ちひろ(有村架純)は、海辺の田舎町の「のこのこ弁当」という小さな弁当屋で働いている。ちひろという名前は、風俗嬢の時の名前で、その名前は子供の頃に知り合った派手なメイクの風俗嬢のチヒロ(市川実日子)の名前からとっている。
店長の尾藤(平田満)が、ちひろを採用したのは、ちひろに弁当を食べるように勧めて用事があるふりをして、物陰から美味しそうに食べる姿を見て「エビの尾まできれいにおいしそうに食べる人間に悪い人はいない」と思ったからだ。
これは、のちに、妻の多恵(風吹ジュン)が夫の尾藤から聞かされたことだった。多恵は、現在は病気で視力をほぼ失い、入院している。
ちひろは、同じ職場のパート主婦の長井(根岸季衣)も、ちひろが元・風俗嬢であることを知っていることに、店長は「長井さんに知られたら、みんなに知れ渡ってしまう」と心配したが、ちひろは隠そうとせず「みーんな知っていますから」と店の外にたむろしている数人の若い男たちにもあいさつするなど、ひょうひょうと生きている。
風俗時代の客で自分のことを色目で見る若い男たちに対しても、たまたま海辺にいたホームレスのおじいさんも、ちひろに興味を示しスマホでちひろの行動を隠し撮りしていた孤独な女子高生も、また母親からスポイルされているが、小生意気な男の子どもに対しても、動物(猫や牛)にも…誰に対しても分け隔てなく接っしていた。
そんなちひろの元に吸い寄せられるかのように集まる人々は皆、それぞれに孤独を抱えている。
厳格な家族に息苦しさを覚え、学校の友達とも隔たりを感じる女子高生・オカジ(豊嶋花)。夕食で、家族4人で食事をしていても、会話も弾まずぎくしゃくしている。
父親がおかずを箸でとりあげ、醤油の小皿につけようとするが、小皿には醤油が入っていなかった。父親は、箸を持つ手がストップモーションで止まったように数秒動かさない。母親が、すみませんと言って、さらに醤油を注ぐ。
その母親が、ある時、オカジに説教めいたことを言うと、さすがにオカジもキレて「お母さんは私のことを何もわかっていない」というのが強烈だった。
シングルマザーの元で、母親の愛情に飢える小学生・マコト(嶋田鉄太)は、母親の作るスパゲッティはおいしいと思うものの、仕事で遅くなるなど、かまってもらえず小言ばかり言われるようで、家を飛び出ては、ちひろとオカジのところに行って、相手にしてもらおうとしていた。
青年・谷口(若葉竜也)は、父親との確執を抱え続け、過去の父子関係に苦悩していた。
ちひろは、そんな彼らとご飯を食べ、言葉をかけ、それぞれがそれぞれの孤独と向き合い前に進んで行けるよう、時に優しく、時に強く、背中を押していくのだった。頼りになるお姉ちゃんという存在だったのかもしれない。
そして、ちひろ自身も、幼い頃の家族との関係から、孤独を抱えたまま生きている。母親の死。勤務していた風俗店の元店長・内海(リリー・フランキー)との再会。入院している弁当屋の店長の妻・多恵(風吹ジュン)との交流。
こうして揺れ動く日々の中、この街での出会いを通して、ちひろもまた、自らの孤独と向き合い、少しずつ変わっていく。
弁当屋さんを辞めて、ちひろの姿は、酪農家の家の仕事場にあった。酪農家の責任者が、ちひろの牛の扱いや作業を見て、短期間でてきぱきとこなすことから「いままでにこの仕事の経験があるのか」と聞くと「全くありません」と応えるちひろ。
「前は何をやっていたのか」聞かれたちひろは「お弁当屋さんです」と応えるのだった。「弁当屋か」とつぶやく酪農主。
ちひろの表情は明るかった。
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元風俗嬢の主人公・ちひろが、とある海辺の町の小さなお弁当屋さんで働きながら、心に傷や悩みを抱えて上手く生きることができない人々と交流。
彼女の言葉や行動がそれぞれの生き方に影響を与えていく。そして、心のままに生きることの大切さ、そして孤独と向き合うことの尊さを描く。心が浄化されるまさに現代に生きる私たちの処方箋となるような人間ドラマとして、淡々とした流れの中にジワリとくるものがある(HP など)。
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