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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

<span itemprop="headline">映画「第十七捕虜収容所」(1953):再見。</span>


 
第十七捕虜収容所」というと、あの♪チャチャチャチャッ・チャチャッチャチャ・チャチャッ~チャチャ~♪という曲が頭から離れない♪(笑)←カタカナでは表現できないが知っている人は知っている。
 
カタカナではわからないという人は、YouTube(予告編)でご確認を。
 
 
 
テレビの洋画劇場で、かつて見ているが、今見直してみると新しい発見が多い。
メイン・テーマ曲としてオープニング、途中で歌詞入りで兵士によって歌われる音楽、そしてラストで流れる曲は、映画のオリジナル曲ではなく、アイルランド出身の作曲家パトリック・ギルモアによって作曲されたアメリカの民謡あるいはマーチ曲である。
 
曲名は”ジョニーが凱旋するとき(When Johnny Comes Marching Home)” だ。
 
映画は第二次大戦で実際にドイツの捕虜になったアメリカ兵のナレーションのような形で始まる。
 
”戦争映画というと、ドンパチが多いが、捕虜を扱った映画は少ない。ドナウ川近くの捕虜収容所には、ロシア、チェコなど4万人の捕虜がいた。その中で、アメリカ人の軍曹だけ630人を収容した収容所があり、その収容所の話である・・・”。
 
スイスとの国境に近いドイツの第17捕虜収容所。その第4キャンプは、アメリカ人の兵士ばかりを収容していた。あるとき、2人の捕虜が脱走しようとするが、あえなく射殺されてしまう。
 
アメリカ兵たちは自分たち捕虜の中に、ドイツ軍のスパイがいるのではないかと思い始め、悲観論者のセフトン(イリアムホールデン)が真っ先に疑われることになる・・・。
 
実際セフトンは抜け目ない男で、衛兵を買収してひそかに外出したりするので、疑われる理由は充分だった。だが、一同はセフトンの恩恵もこうむっていた。
 
セフトンが収容所内で経営する「事業」には、”デパート”(タバコ、酒、女性用絹の靴下の販売=タバコと交換)のほか、”競馬”(ネズミに番号札をつけて競わせる)”酒場”(イモからアルコールを蒸溜し、タバコ2本で1杯飲ませる)や”のぞき”
(手製の望遠鏡でロシアの女囚が入浴場で順番を待っている様をのぞくもの)などがあった。
 
セフトンがドイツ軍のスパイではないかという疑惑が深まり、ほかの囚人たちから袋叩きにあうのだが、セフトンは疑惑を晴らそうと、スパイの正体をつきとめる機会を待った。
 

             「スパイ大作戦」で売り出す前のピーター・グレイブス(右)が若い!
 
やがて、スパイが英語を流暢に話すドイツ人・プライス(ピーター・グレイブス!)であることが判明。このスパイが発覚する過程がおもしろかった。
 
セフトンが、プライスにアメリカ人なら誰でも知っているパール・ハーバーの攻撃時間を聞いたが、プライスが答えたのは、日にちはあっていたものの、ベルリン時間を答えたのだ!(時差がある)。
 
セフトンは、プライスを責め自白させ、みずから中尉脱走の役目を買って出た。
セフトンには成算があった。彼はプライスをおとり(囮)にし、彼は集中射撃を浴びて倒れた。その隙にセフトンと中尉は、首尾よく自由の世界へ逃れるのだった。
 
・・・
セフトンは貯水棟に隠れていた中尉を脱走させるときに、足が凍えるようになっていたが、逃げられたら、「ホテルで、ブランデーが飲めるぜ(=字幕)」と元気づける。オリジナルの英語では「ウォルドルフ・アストリア(ニューヨークの高級ホテル)で、ブランデーが飲める」だった。(fpdは、ウォルドルフ・アストリアで、1杯300円!のコーヒーを飲んだことがある。普通はコーヒーは当時80円くらいだった。笑)。
 
この映画には、囚人の中に、映画スターのモノマネが得意な人間もいて、クラーク・ゲーブルケーリー・グラント、ジェームス・キャグニーなどのまねをしていた。
 
映画女優のファンもいて、ピンナップ・ガール(壁に貼るグラマー女優ポスター?) 
としてベティ・グレーブルという女優のポスターが貼ってあった。「ショーシャンクの空に」のポスターは有名な「リタ・ヘイワース」だったが、ベティ・グレーブルというのは実在のスターなのかどうか。この女優のファンだという囚人は、すべての主演映画を6回づつ見たという。
 
・・・
ドイツ将校が、驚いたときに使う「あぁ、そう」というのが全く日本語の「あ、そう!」と同じであるのが笑える。実際には、”Aha!So(ゾー)”だとおもうが、時々家でも、「ア、ゾー」と使うことがある(爆)。(fpd家では、津軽弁、標準日本語のほかドイツ語が交わされるのである)。
 
第十七捕虜収容所」では、主演のイリアムホールデンアカデミー賞主演男優賞を獲得した。作品賞、監督賞はノミネートにとどまった。
 
ビリー・ワイルダー監督の映画は、どれも、機知に富んでいて面白い。
全作品制覇したい監督である。
 
ビリー・ワイルダー監督作品一覧(青字は見た映画:14本)
 
1933年 悪い種子 - Mauvaise Graine (脚本・監督)
1942年 少佐と少女 - The Major and the Minor(脚本・監督)
1943年 熱砂の秘密 - Five Graves to Cairo (脚本・監督)
1944年 深夜の告白 - Double Indemnity (脚本・監督)
1945年 失われた週末 - The Lost Weekend (脚本・監督)
1948年 皇帝円舞曲 - The Emperor Waltz (脚本・監督)
1948年 異国の出来事 - A Foreign Affair (脚本・監督)
1950年 サンセット大通り - Sunset Blvd. (脚本・監督)
1951年 地獄の英雄 - Ace in the Hole (脚本・監督・製作)
1953年 第十七捕虜収容所 - Stalag 17 (脚本・監督・製作)
1954年 麗しのサブリナ - Sabrina (脚本・監督・製作)
1955年 七年目の浮気 - The Seven Year Itch (脚本・監督・製作)
1957年 情婦 - Witness for the Prosecution (脚本・監督・製作)
     ※原作:アガサ・クリスティ戯曲『検察側の証人
1957年 昼下りの情事 - Love in the Afternoon (脚本・監督・製作)
1957年 翼よ! あれが巴里の灯だ - The Spirit of St. Louis (脚本・監督)
1959年 お熱いのがお好 - Some Like It Hot (脚本・監督・製作)
1960年 アパートの鍵貸します - The Apartment (脚本・監督・製作)
1961年 ワン・ツー・スリー - One, Two, Three (脚本・監督・製作)
     ※リバイバル公開時の題名『ワン・ツー・スリー ラブ・ハント作戦』
1963年 あなただけ今晩は - Irma la Douce (脚本・監督・製作)
1964年 ねぇ!キスしてよ - Kiss Me, Stupid (脚本・監督・製作)
1966年 恋人よ帰れ!我が胸に - The Fortune Cookie (脚本・監督・製作)
     (脚本・監督・製作)
1972年 お熱い夜をあなたに - Avanti! (脚本・監督・製作)
1974年 フロント・ページ - The Front Page (脚本・監督)
1979年 悲愁 - Fedora (脚本・監督・製作)
1981年 バディ・バディ - Buddy Buddy (脚本・監督)
     ※ビデオ発売時の題名は『新・おかしな二人 バディ・バディ』
 
 
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