「凶悪」(2013)「狐狼の血」(2018)などの白石和彌監督による「ひとよ」(2019)を見る(Netflix)。タイトルの後、小文字で「一夜」とでる。第93回「キネマ旬報」日本映画ベスト・テンの第7位。日本映画監督賞(白石和彌)。
バイオレンス映画の印象が強い白石監督が、いつかは撮りたいと思っていたという「家族」をテーマにした、もともとは舞台劇。
主演は「るろうに剣心」シリーズで長年主役を演じてきた佐藤健とその母親役で田中裕子。共演は、松岡茉優、曲者俳優ともいえる佐々木蔵之介のほか、鈴木亮平、MEGUMI、音尾琢真、筒井真理子などが出演。
ある事件をきっかけに崩壊した家族が対峙し、再生に向けてあがくさまを描いた人間ドラマ。家族に暴力をふるう父を、母は子どもたちを守るために自らの手で殺めた。そして15年後、それぞれ苦悩を抱えながら暮らしている3兄妹のもとに、母が突然帰ってくる。
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15年前の土砂降りの夜、家で静かに遊ぶ3兄妹の姿があった。父による日常的な殴る蹴るの暴力のせいで、子どもたちの体は傷だらけだった。そこに母・こはる(田中裕子)が帰宅した。タクシー運転手のこはるは「父親を車で轢き殺してきた。お前たちはもう自由に生きていけばいい」といい「10年になるか15年になるかわからないが必ず戻ってくる」といい残して出ていってしまった。
15年後、電気屋で働く長男の大樹(鈴木亮平)は、子どものころからの吃音が治らずにいた。妻の二三子(MEGUMI)とはうまくいっておらず別居中。次男の雄二(佐藤健)は東京で風俗雑誌のしがないライター。美容師を夢見ていた長女の園子(松岡茉優)は、街のスナックで働き、仕事で大量の酒を飲んでは泥酔して朝を迎えることが多い日々。
母のタクシー会社は「稲丸タクシー」として甥の進(音尾琢真)が引き継いでいた。そんな中、突然、こはるが帰ってきたのだ。15年後に必ず戻ってくるという言葉を証明するかのように。
タクシー会社のスタッフたちはこはるをあたたかく迎えるが、3兄妹たちは戸惑いを隠せない。こはるは、昔のようにおにぎりなどの朝食を作り、4人で食卓を囲むが、会話はまったく弾まず、ぎこちない空気が流れる。
母を恋しがっていた園子は戸惑いながらも好意的で、徐々に嬉しさをあらわにしていく。大樹も母の気持ちを汲み取ろうと努力を見せていたが、雄二の態度はひときわ冷たいものだった。
こはるが戻ってからしばらくして、稲丸タクシーへの嫌がらせが始まる。これは事件以来頻繁に行われていた。3兄妹は“殺人者の子ども”としていじめを受け、心に傷を負っていたのだった。子どもたちを自由にするためにこはるがとった行動は、逆に3兄妹を苦しめていたのだった。ただ、こはるは、自分のとった行動は間違っていなかったと自分に言い聞かせていた。
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ネタバレになるが、週刊誌に「こはる関連の記事」を書いていたのは雄二だった。園子は激怒するが、2人は相容れずの状態。雄二はこはるを許せない気持ちと、どんな方法を使ってでも小説家になる夢を叶えたいという複雑な思いを抱えていたのだった。しかし、最終的に雄二は、第二弾の記事をファイルとしてパソコンに残していたが、それを削除することにした。
家族、親子の葛藤、職場の従業員の知られざる問題などを浮き彫りにしている。佐々木蔵之介の息子が薬物に手を出していたという事実を知ったときの激怒の演技など見どころ。一家の中でも、園子を演じる松岡茉優が家族の中で、潤滑油の役割を果たしすばらしい。
子どもを守るために夫を殺害した母と、残された3人の兄妹たちの15年後の再会を中心に、血縁だからこそ素直になれずにぶつかり合ってしまう家族の心情と微妙な距離感が圧倒的な熱量で伝わってくる。
■登場人物:
・稲村雄二:佐藤健
稲村家の次男。東京で働くうだつの上がらないフリーライター。
・稲村大樹:鈴木亮平
稲村家の長男で、電気屋で働いている。兄妹で唯一の既婚者だが、別居中で夫婦関係に悩んでいる。吃音症を患っている。
・稲村園子:松岡茉優
稲村家の長女で末っ子。15年前の事件により夢だった美容師を諦めて、現在はスナックで働いている。
・丸井進:音尾琢真
こはるの甥。稲丸タクシーの社長を務める。
・柴田弓:筒井真理子
稲丸タクシーの事務員。
・歌川要一:浅利陽介
雄二の同級生で稲丸タクシー所属の運転手。
・牛久真貴:韓英恵
雄二の同級生で稲丸タクシー所属の女性運転手。
・稲村二三子:MEGUMI
大樹の妻。現在は別居中。
・堂下道生:佐々木蔵之介
稲丸タクシー所属の新人運転手。17歳の息子を持つ父親。
・稲村雄一:井上肇
稲村三兄妹の父親。
・稲村こはる:田中裕子
稲村三兄妹の母親。15年ぶりに子供達との再会を果たす。
田中裕子の若いころのファンだったfpd。中でもテレビドラマの「思い出づくり。」(1981)。ザンフィルのテーマ曲がよかったな。
1:35~が特にいい。www.youtube.com
映画では「ええじゃないか」(1981)「北斎漫画」(1981)「ザ・レイプ」(1982)、そして妖艶だった「天城越え」(1983)などがお気に入り。