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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

<span itemprop="headline">映画「まほろ駅前 多田便利軒」(2011)</span>


 
まほろ駅前 多田便利軒」(2011)は、三浦しをん原作直木賞受賞小説を、「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」の大森立嗣監督が映画化したユーモラスで温かい人間ドラマ。
 
瑛太松田龍平という中堅の域に近づきつつある演技派俳優に、活躍が続く高良健吾柄本祐などがからみ、”便利屋”をめぐる人間模様が描かれる。
 
そのほか共演には、片岡礼子鈴木杏岸部一徳大森南朋など個性豊かな実力派俳優たちが顔をそろえていて、人間のこっけいさ、生きることの幸せを浮かび上がらせている。

 

あらすじ:
ある年の正月。東京郊外に位置するまほろ市で便利屋を営む多田(瑛太)のもとに、ひょんなことから小学校時代の同級生の行天(ぎょうてん=松田龍平)が転がり込んでくる。自称コロンビア人の娼婦ルル(片岡礼子)やヤバいアルバイトに手を出す小学生の由良(横山幸汰)など、二人は便利屋稼業を通して奇妙な客たちの人生に深くかかわっていく。
 

 
・・・
多田と行天は、小学校時代に、工作の際に、多田が行天をふざけて押した時、小指をのこぎりで傷つけてしまう。それ以来、しばらく音信不通だったようだが、便利屋をしている多田のところに、行天がひょっこり現れ、「小指が痛い」だの「あなたが噛んだ小指が痛い♪」(伊東ゆかり の「小指の想い出」:1967年ヒット曲)の歌をうたったり、多田にいやみのように言うと、「噛んではいないよ」と反発する多田。行天は、冗談だ、といい今はすっかりくっついていると指を見せたりする。
 
二人は、十数年も会わない空白の時代があるのだが、互いが、離婚歴があること、
片方は子供嫌い、片方は子供好き、ということなどが次第に明らかになっていく。
 
便利屋に、ある母親から、男の子供の幼稚園の出迎えの依頼が来る。
この母親は、子供への愛情が全くないようで、5,6歳の子供も、どことなく卑屈で”ませたガキ”というような、大人に対しても覚めているような目で見るのだった。
 
多田がいつものようにこの男の子供をライトバンで迎えに行き、車の中で、子供に
「何を考えているのか」と聞くと「フランダースの犬のことを考えていた」と答える。
 
「もともと親がいないのと、親がいても親から無視されているのとどっちがいいかを考えていた」というのだ。多田は「死んだら終わりだ。たとえ誰からも愛されていないとしても、それ(愛)を誰かに与えることはできる。生きている限りはいつか」と言い聞かせるのだが・・・。
 
 
子どもを亡くした経験がある多田と、子供が嫌いで、契約結婚(人工授精で子供を産んだら離婚)を終えた過去を持つ行天とが、考え方、性格が全く違ったはずだったが、やがて理解を深めていく。
 
多田が、行天に向かって、「なんじゃ、こりゃあ」と叫ぶシーンがある。
これは、行天演じる松田龍平の父・松田優作のセリフのモノマネ(パロディ)だが
「誰のマネ?全然似てないね」という行天。
 
大きな事件が起こるわけでもない、淡々としたストーリーだが、こういう日常的なドラマこそ、俳優の演技の力量が試されることになるだろう。
 
瑛太を最初に見たのは「アヒルと鴨のコインロッカー」くらいからだったが、あまりにも普通ぽく、強い印象はないが「なくもんか」やドラマ「最高の離婚」などを見るにつけ、あとから考えると、自然体に見える”演じている感”のないところがうまいのかと思うようになった。
 
松田龍平は昨年の「舟を編む」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得。
”親の七光り”とは言わせない、というような実績を築いているようだ。朴訥として、普段も口数が少ないようで、役柄が固定化しなければいいと思うが。
 
☆☆☆
 
 
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