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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

<span itemprop="headline">アラン・ドロンがTVにゲスト出演!</span>




 「太陽がいっぱい」(1960)で、センセーショナルな登場をしたアラン・ドロン
 ドロン3作目の映画で、世界と日本でスターとなった記念すべき作品です。

 SMAPの番組に登場したアラン・ドロン。まもなく72歳。

 天下のドロンには、日本のバラエティ番組は、スケールが小さすぎるかもしれません(笑)。
 
 日本の俳優では、三船敏郎を「兄」と慕っていたエピソードを語っていました。
 三船作品は「羅生門」「七人の侍」が海外では特に有名で、誰でも知っていると
 語っていましたね。

 



 「レッド・サン」の出演の話がアラン・ドロンにあったときに、
 「ミフネが出るのなら」と即出演を快諾したというのは、当時言われていました。
 まして、「さらば友よ」で共演して、日本でも人気となっていたチャールズ・ブロンソン
 共演し、「レッド・サン」は、日仏米のトップスター共演となったわけです。

 内容は、多少奇妙ではありましたが、それまでの日本人の扱い方がおかしかったこともあり、
 三船が監督にかなり助言したという話で、日本人が見ても、それほど不自然ではない
 サムライとなったわけですね。

 SMAPの番組では、中居が、一般的な質問をしていましたが、いちいち丁寧に
 ドロンが応えていました。

 コメディアンとアクターは違うなどと。
 「コメディアンは、演じるが、アクターは、その役を生きるのだ」などと
 ドロンの俳優のポリシーが垣間見えました。

 85作品の映画で、84本は主演ということですが、中居の、「自身で好きなベスト5
 作品は?」の質問に、ドロンがあげた作品は、意外にも・・・。

 



 ①太陽がいっぱい
 ②太陽はひとりぼっち
 ③山猫
 ④暗黒街の二人
 ⑤高校教師

 ということでした。
 高校教師だけ未見でした。

 日本には、1960年の太陽がいっぱいのPRで初来日。
 1964年の東京オリンピックの際にも関連イベントで
 来日していますね。このときは、記憶にあります。

 その後も何回か来日しているようです。

 


 「映画は、もう出ませんか」の質問
 には、「映画でやるべきことはすべて
 やった」と満足しているという答え。
 現在は、舞台などに取り組んでいる
 とのこと(今春パリで「マディソン郡
 の橋」の舞台に出演)。

 さすが、往年の二枚目。渋くなって
 いますが、元気ですね。
 
 1998年の「ハーフ・ア・チャンス」
 (これも未見)が最後の映画となって
 いますが、「冒険者たち」「太陽が
 いっぱい」「サムライ」などのダイ
 ジェスト版を懐かしそうにドロンが
 見ていましたね。

 砂浜のパラソルの下で、「太陽が
 いっぱいだ」とつぶやくトム・
 リプレイ(ドロン)のすべてを
 手に入れた満ち足りた表情・・・

 そこへ・・・


 「リプレイさん、お電話ですよ~」という声にうながされて、電話口へ向おうとする「太陽が
 いっぱい」の幕切れは、あまりにも強烈でしたね。
 
 これぞ、映画という印象でした!

 「いやー、映画って本当にいいもんですね~」(爆)