日本公開時のキャッチコピーは「わたしのあたまはどうかしている」。 とにかく観客は混乱の中に叩き込まれるような映画だった。
1度見ただけでは整理できそうにない映画である。あとから知ったが、難解な映画と言うと、必ず名前が挙がる映画の筆頭であるらしい(笑)。
米国の情報誌「タイム・アウト」のニューヨーク版が、2009年に発表した過去10年間に公開された映画のベスト50を発表した中で「1位」になった作品でもある。
ナオミ・ワッツはこの映画で初めて主演を演じ、翌年の「リング」(日本の同名映画のリメイク)で一躍知られるようなった。
この映画をより理解するために、リンチ監督は、10個のヒントを提示している。まるで観客の理解度を試すような”挑戦状”のようだ。ニノ(嵐の二宮和也のCM)ではないが「受けて立つ!」(笑)と意気込んでも難しかった。
10個のヒントとは以下のようなもの。
■映画の冒頭に、特に注意を払うように。少なくとも2つの手がかりが、クレジットの前に現れている。
■赤いランプに注目せよ。
■アダム・ケシャーがオーディションを行っている映画のタイトルは? そのタイトルは再度誰かが言及するか?
■事故はひどいものだった。その事故が起きた場所に注目せよ。
■誰が鍵をくれたのか? なぜ?
■クラブ・シレンシオで、彼女たちが感じたこと、気づいたこと、下した結論は?
■カミーラは才能のみで成功を勝ち取ったのか?
■Winkiesの裏にいる男の周囲で起きていることに注目せよ。
■ルース叔母さんはどこにいる?
実際に、上のリストのメモを手元に置いて映画を見たが、それほど参考にはならなかった。監督の意図は、それぞれでストーリーを構築してみては…ということのようだ。
前半と後半で話が違っている。前半が主人公の希望(理想)を描いたもので、後半が現実ということで、物語の進行が前半と後半で順番が逆になっているということを押さえればわかりやすいかもしれない。
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■前半:新進気鋭の新人女優・ベティ(ナオミ・ワッツ)の物語
女優になる夢を抱いてハリウッドにやってきたベティ(ナオミ・ワッツ)と、ハリウッドのマルホランド・ドライブ(地名)の車中で殺されかけたところを偶然の事故に命を救われ、記憶を失ったまま街をさまよっていた自称「リタ」(ローラ・ハリング)の物語。
ベティはオーディションで絶賛され、スターダムへの階段を着実に昇っていく傍ら、記憶を失ったリタのために彼女が過去を手繰り寄せる手助けをしようとする。
そんな中、リタが記憶していた「ダイアン・セルウィン」という名前の女のアパートを訪ねた2人は、部屋のベッドの上で死んでいるダイアンを発見。
ショックを受けたリタを慰めるベティ。そうするうちに2人は距離を縮め、やがて同性愛関係に。
■後半:泣かず飛ばずの女優・ダイアン(ナオミ・ワッツ)の転落の物語
ある不気味な劇場で不可思議な出し物を観た直後のシーンから、突然、ベティは泣かず飛ばずの女優「ダイアン」に、リタは多くの作品で主演を務める人気女優「カミーラ」になっている。
舞台は同じハリウッド。2人が同性愛関係にあることは変わらないので前半と連続しているようにも見えるが、本人たちの名前が変わっているのが前半と後半が不連続となっている。
カミーラに女優として水をあけられ、また、映画監督のアダム・ケシャー(ジャスティン・セロー)と婚約したカミーラに捨てられたダイアンは、逆上してカミーラを殺すようプロの殺し屋に依頼するが、ことが成った後、精神的に追い詰められ、自殺してしまう。ダイアンのハリウッド・ドリームが幕を閉じる。
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一言でいえば、映画の世界での成功を目指す人々にとっての夢の都ハリウッドでの成功と転落の構図を描き出した物語。
ハリウッドには二種類の人間がいるようだ。一人は、大奥に控える闇のフィクサーのような人物。絶大な力があり、映画の主演を誰にするか、製作をとりやめるか続けるか、すべて彼の思惑次第。これが、華やかなハリウッドの裏の頂点。
もう一人は、まったく逆のハリウッドのファミレス・ウィンキーズの裏にいる男の存在。真っ黒い顔をした男は「(毎日残飯がでる)飲食店の裏手にいる」ところからも、ホームレスを思わせるような男である。
ダイアンの夢の中でこの男のことを「怖い。夢以外で顔を見たくない」と言う会話がある。明日の保証のない芸能界にいるダイアンにとってホームレスというのは、明日は我が身、絶対にそうはなりたくない転落の極みということになる。
クライマックスで、ダイアンが持っていた青い箱が、このホームレスの紙袋の中に放り込まれるシーンがあるが、これは象徴的な場面。
ファミレスの場面には、ホームレスの男以外にも、ダイアンと同じヘアスタイルで同じ名前のウエイトレスや、ジャンキーな売春婦などが登場。彼女たちもおそらく映画界を目指していたであろうということでダイアンには彼女たちが近い場所にいるように思われるのだ。
ハリウッド・ドリームの対極の世界といえば、前半と後半の境目でダイアンとカミーラが訪れる謎の劇場「シレンシオ(Silencio)」(スペイン語で「お静かに!」の意味)もそのひとつ。この「シレンシオ」、現実のハリウッド映画界と対になった冥界のハリウッドの象徴か。
MC(司会者)のような人間が、「ここには楽団がいません。テープです。録音されたものです。」ということばが語られる。出し物が「ロサンゼルスの泣き女」というモノで、これは女優になることに失敗したダイアンそのものを表しているといえるようだ。
女優はすごい、と思わせたのが、劇中劇の「オーディション」をダイアン(ベティ)が受けるシーン。その場での相手とのやり取りの迫真の演技がすごい。
監督:デヴィッド・リンチ
出演:
・ナオミ・ワッツ(ベティ・エルムス/ダイアン・セルウィン)
・ローラ・エレナ・ハリング(リタ/カミーラ・ローズ)
・アン・ミラー(ココ)
・ジャスティン・セロー(アダム・ケシャー)ほか
1940年代から50年代にMGMミュージカル(「イースター・パレード」「踊る大紐育」など)に出演したアン・ミラーの最後の出演作品となった。この映画では、カフェなどでウエイトレスが登場するが、みな美人。女優を目指している卵が、アルバイトでつないでいるようだ。納得。「ラ・ラ・ランド」のミアもそうだった。
ハリウッドの実際の「サンセット通り」も出てくるが、映画「サンセット大通り」へのオマージュでもあったようだ。わかりにくい映画であっても、ミステリーとして引き込まれ、おもしろかったことに変わりはない。もう一回は見てみたい。
☆☆☆