「十二人の怒れる男」(Twelve Angry Men) 予告編
数々の骨太の社会派映画といわれる作品を残した。ご冥福を祈ります。
シドニー・ルメットは1924年6月25日、ペンシルベニア州・フィラデルフィアの生まれ。もともとは、舞台俳優で、映画にも出演していた。終戦後はオフ・ブロードウェイでイーライ・ウォラックやユル・ブリンナーたちと俳優グループを結成。このグループはのちにアクターズ・スタジオの母胎となったというから、有名俳優が陸続と出現する前の時代も経験していることになる。戦後のハリウッドの生き証人のような人だったことになる。
俳優活動に飽きたらなくないと思ったルメットは、1950年代に演出家に転向。
1970年代には、アル・パチーノ主演の「セルピコ」(1973年)、オールスターキャストの「オリエント急行殺人事件」(1974年)、再びアル・パチーノ主演の「狼たちの午後」(1975年)、テレビの視聴率の裏側をえぐった「ネットワーク」(1976年)と次々に話題作を発表し、名実共にアメリカ映画界を代表する巨匠となる。
もう終わった監督とみられていたが、「その土曜日、7時58分」(2007年)で復活を果たした。この映画は、緊張感にあふれ、わくわくするような往年の重厚な映画を思わせた。ルメット健在なりを印象付けるものとなった。
アカデミー監督賞に4度、英国アカデミー賞監督賞に3度、カンヌ国際映画祭パルム・ドールに4度ノミネートされたが、いずれも受賞には至っておらず、賞には無縁だったが、2005年にはその生涯における業績を評価され、アカデミー名誉賞を贈られた。
監督作品:
1958年「十二人の怒れる男」(Twelve Angry Men) ☆☆☆☆
1958年「女優志願」(Stage Struck ) ☆☆☆
1959年「私はそんな女」(That Kind of Woman) ☆☆☆
1959年「蛇皮の服を着た男」(The Fugitive Kind )
1962年「橋からの眺め」(A View from the Bridge )
1962年「夜への長い旅路」(Long Day's Journey into Night)
1964年「質屋」(The Pawnbroker)
1964年「未知への飛行」(FailSafe)
1965年「丘」(The Hill )
1966年「グループ」(The Group) ★★
1967年「恐怖との遭遇」(The Deadly Affair)
1967年「グッバイ・ヒーロー」(Bye Bye Braverman)
1968年「The Sea Gull」
1969年「約束」(The Appointment) ☆☆☆
1970年「はるかなる南部」(Last of the Mobile Hot Shots)
1971年「ショーン・コネリー/盗聴作戦」(The Anderson Tapes) ☆☆☆
1972年「Child's Play 」
1973年「セルピコ」(Serpico)☆☆☆☆
1974年「Lovin' Molly」
1974年「オリエント急行殺人事件」(Murder on the
Orient Express)☆☆☆☆
1975年「狼たちの午後」(Dog Day Afternoon )
☆☆☆☆
1976年「ネットワーク」(Network ) ☆☆☆☆
1978年「エクウス」(Equus)
1978年「ウイズ」(The Wiz)
1981年「プリンス・オブ・シティ」(Prince of the City )
1982年「デストラップ・死の罠」(Death Trap)
1982年「評決」(The Verdict)
1983年「Daniel」
1986年「キングの報酬」(Power)
1986年「モーニング・アフター」(The Morning After)
1988年「旅立ちの時」(Running on Empty)
1989年「ファミリー・ビジネス」(Family Business)★★
1992年「刑事エデン/追跡者」(A Stranger among Us)
1993年「ギルティ/罪深き罪」(Guilty as Sin)
1997年「NY検事局」(Night Falls on Manhattan)
1997年「Critical Care」
1999年「グロリア」(Gloria )
2004年「強制捜査」(Strip Search)
2006年「Find Me Guilty」
2007年「その土曜日、7時58分」(Before the Devil Knows
You're Dead)☆☆☆☆
↑これは面白い