日活のアクション映画や、故菅原文太と共演した東映「まむしの兄弟」シリーズなどで活躍した俳優の川地民夫(かわち・たみお)が10日、神奈川県の病院で脳梗塞で死去した。79歳。
また一人、昭和の銀幕スターが旅立った。
逗子の家の隣に住んでいた石原裕次郎の勧めもあり大学1年の時に日活に入社。1958年に映画「陽のあたる坂道」で裕次郎の弟役でデビュー。その後、小林旭(79)、沢本忠雄(82)との「三悪トリオ」として売り出した。
当時の日活では裕次郎さんの“タフガイ”、二谷英明さんの“ダンプガイ”など“ガイ”が付くとスターの証となったため、「“僕たちは何ガイ?と聞きに行ったら“問題ガイ”だって」とテリー伊藤との雑誌の対談で明かしていた。
「まむしの兄弟」で菅原文太と。
日活退社後は文太とのコンビで「まむしの兄弟」に出演、侠客を称する義兄弟が悪人相手に戦う映画。東映で1971年から1975年にかけてシリーズ計9本が制作された。東映作品が多く「仁義なき戦い」(1973、写真)にも出演していた。舞台ではミヤコ蝶々の相手役として長年出演。2006年、芸能生活50周年を記念し「東京港」で歌手デビューした。
日活退社後は文太とのコンビで「まむしの兄弟」に出演、侠客を称する義兄弟が悪人相手に戦う映画。東映で1971年から1975年にかけてシリーズ計9本が制作された。東映作品が多く「仁義なき戦い」(1973、写真)にも出演していた。舞台ではミヤコ蝶々の相手役として長年出演。2006年、芸能生活50周年を記念し「東京港」で歌手デビューした。
他にも時代劇や2時間ドラマにも数多く出演し、昨年もフジテレビ「トクチョウの女~国税局特別調査部~」で元気な姿を見せていた。
退院後は自宅近くをつえを突いて散歩ができるまでに回復していたというのだが。
ご冥福を祈ります。
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