
「ゆきてかへらぬ」(2025)を見る(MOVIXさいたま)。「探偵物語」「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」の名匠・根岸吉太郎監督による16年ぶりの長編映画。「ツィゴイネルワイゼン」の田中陽造が脚本を担当。
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優・長谷川泰子と詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄という男女3人の三角関係の愛と青春が描かれる。
大正ロマンとモダニズムと呼ばれた大正から昭和戦前にかけてのレトロな街並み、雰囲気が味わえる佳品。ダンスホールでのチャールストンの踊り、きらびやかな夜の遊園地、手を取り合い滑ったローラースケートなどのシーンが圧巻。
主人公・泰子を演じる広瀬すずがすばらしく、今年度の主演女優賞は確定か。体当たり演技を見せるほか、激高して叫ぶシーンや、チャールストン・ダンス、物憂げな儚さなどを演じて大女優の風格も漂う。セリフ回しが舞台的、文学調であるのは大正末期という時代背景を表しているようだ。

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大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子(広瀬すず)は、17歳の学生・中原中也(木戸大聖)と出会う。泰子は中原が17歳と知って「なんだ、私より3つも下か」とやや見下したように笑う。
どこか虚勢を張る2人だったが、互いにひかれあい、一緒に暮らしはじめる。やがて東京に引越した2人の家を、中原の親友という小林秀雄(岡田将生)が訪ねてくる。
小林は詩人としての中也の才能を誰よりも認めていた。中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。
中也と小林の仲むつまじい様子を目の当たりにした泰子は、才気あふれる創作者たる彼らに置いてけぼりにされたような寂しさを感じる。
やがて小林も泰子の魅力と女優としての才能に気づき、後戻りできない複雑で歪な三角関係が始まる。





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冒頭の泰子が目覚めてから中也が帰ってきて出逢うまでの冒頭のシーンがワンシーン=ワンカットで撮影されている。赤い傘をさして通りを歩いてくる中也を俯瞰から捉えたショットもいい。
三角関係を描いているが、よくある愛憎劇ではなく、神経症のところがある泰子を支える2本の”つっかえ棒”のような存在だった。1本でもつっかえ棒が無くなるとバランスを失う。
「ゆきてかえらぬ」は、その名があらわすとおり、後戻りすることのない3人の生き方を追いかける。 3人が同時に出逢ってしまったことで、愛するしかなかった、傷つけ狂わずにはいられず後戻りはできないということ。
小道具もうまく使われている。 赤い手袋、真っ赤な柿、赤い傘、柱時計、花瓶、ラムネ、ローラースケート(大正時代に流行っていたのは驚き)射的など。


小林は泰子と暮らしてみて、泰子の潔癖症、細かいところにこだわるのに悩まされる。 例えば「ご飯の上の納豆の粒の数は13粒でなければならない」であり、1個でも違うと狂うというのだ。

<主な登場人物>
■中原中也:木戸大聖… 天才詩人、歌人。 泰子と同棲する。 泰子からお金をもらい女郎を買ってくるといった男。
■長谷川泰子:広瀬すず… 中原、小林と奇妙な三角関係となる女性。 大部屋俳優になり、女優を目指すがクビになる。
■小林秀雄:岡田将生… 文芸評論家。 中原の友人。 のちに泰子と暮らす。
■富永太郎:田中俊介… 中原の数少ない友人の一人。
■鷹野叔:トータス松本… 泰子のつらい過去を知る謎の男。
■長谷川イシ:瀧内公美… 泰子の母。
■銀幕のスター:草刈民代… 撮影所のスター女優。
■辰野教授:カトウシンスケ… 東大教授で小林秀雄の友人。 小林から借金を頼まれる。
■中原孝子:藤間爽子… のちに中原の妻になる女性。
■東京の勤め人:柄本佑… 泰子が公園の水道で水を飲みたがっていたのを見てラムネ(子供用に買ったもの)を渡す。 自暴自棄になった泰子から迫られるが、恐れをなして逃げる。

2025年製作/128分/G/日本
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