きょう28日は、午前11時から午後3時過ぎまで、川越駅の二つ先の駅「霞ケ関」で用事があったので、前々から、昨年2月20日に亡くなったブログ友のパットマンXさんのお墓参りに行こうと思っていた。
東明寺(川越)
きょう午後3時過ぎに東明寺(川越)のパットマンXさんのお墓を訪ねることができた(お墓の場所は、ギドラさんが、パットマンXさんのお姉さんから教えてもらいました。ギドラさんありがとうございます)。
東明寺の住職にパットマンXさんの墓の場所を聞こうと住居のほうの呼び鈴を押したが不在だった。きょうは休息日でどなたもおらず不在のようだった。
自由に墓を訪ねることが可能のようだったので、かなり多くの墓の中で、一つ一つ名前を確認しながら歩き、探し当てることができた。パットマン家の立派なお墓があった。
パットマンさんのご両親の隣にパットマンさんの名前がありました。60歳で亡くなったので、享年61歳です(墓の横の一番左)。
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パットマンさんには、合掌し、ブログでのやり取りが様々思い浮かぶこと、都内(新宿)で、会食する機会があり楽しかったことなどを感謝をこめて報告するとともに改めてご冥福を祈りました。
【東明寺】概要:
日本三大夜戦(日本三大奇襲)の一つ「川越夜戦」の激戦地だった場所が、当時広大な寺領があったここ東明寺。
境内には、川越夜戦の碑が建てられ、戦いで破れた将兵の遺骸を納めた富士塚が残っている。
東明寺は、観光地の中心部から少し離れた場所にあるが、静かな時間が流れている場所でもある。
元川越城の主、扇谷上杉朝定が川越城を奪還しようと、山内上杉憲政、古河晴氏と連合軍を組み川越城を包囲。連合軍は約80,000の大軍。
それに比べ包囲された川越城に篭城する北条軍は約3000人。
約半年間、篭城していた北条軍に援軍約8000人が到着。闇夜に乗じて連合軍に奇襲をかけ、見事勝利をした。
油断をしていた連合軍は、散り散りに敗走。北条軍の死傷者が若干名に比べ連合軍は、10000人近い死傷者を出したといわれている。
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【参考】
■東明寺(とうみょうじ)への行き方:
【徒歩の場合】
【バスの場合】
|
駅 |
種類 |
系統 |
バス停 |
|
1 |
川越01,川越02,川越03,川越04 |
喜多町バス停 |
徒歩3分 |
||
2 |
小江戸名所めぐりバス |
裁判所前バス停 |
5分 |
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【川越・小江戸】メイン通りを歩く。
何度も来ているが、にぎわいが戻ってきたようだ。
焼き鳥屋には行列ができていた。この列の後ろには数十人が並んでいた。
支那そばというのが、風情がある。
小江戸通リの両側は、店が目白押し。
洋館のような荘厳な建物。
寺まで行きはバスで移動、帰りは小江戸を約2キロほどを歩いた。
いい運動にはなった。
【ついでに】マンホーラーではないが、気づいたときにパチリ(笑)。
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