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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

映画「八月の狂詩曲(ラプソディー)」(1991)を見る。

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八月の狂詩曲(ラプソディー)」(1991)を見る。監督・脚本は黒澤明カラービスタビジョン、98分。原作は村田喜代子芥川賞受賞小説「鍋の中」。

原爆体験をした長崎の祖母と4人の孫たちのひと夏の交流を描く

キャッチ・コピーは「なんだかおかしな夏でした…。」第65回キネマ旬報ベスト・テン第3位。(大きな声では言えないが実は初見。)

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ある夏休み。長崎市街から少し離れた山村に住む老女・鉦(かね、村瀬幸子)のもとに1通のエアメールが届く。ハワイで農園を営む鉦の兄・錫二郎(松本克平=写真のみ)が不治の病にかかり、死ぬ前に鉦に会いたいという内容だった。

鉦の代わりに息子の忠雄(井川比佐志)と娘の良江(根岸季衣=としえ)がハワイへ飛んだ。そのため縦男(良江の息子、吉岡秀隆)やみな子(良江の娘、鈴木美恵)など4人の孫が鉦のもとにやって来た。ハワイから忠雄の手紙が届き、錫二郎が妹に会いたがっているため、孫と一緒にハワイに来てほしいと伝えてくる。

しかし、鉦は錫二郎が思い出せないとハワイ行きを拒む。都会の生活に慣れた孫たちは田舎の生活に退屈を覚えていたが、原爆ゆかりの場所を見て回ったり、祖母の原爆体験の話を聞くうちに、原爆で祖父を亡くした鉦の気持ちを次第に理解していった。

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鉦(かね、村瀬幸子)が、雷の音に「ピカじゃ、ピカジャ」と叫んで、孫たちに白い布をかぶせるシーンは、戦争の原爆の記憶がトラウマとなっているもの。また鉦が、時々、大きな目の悪夢を見るのも、ピカが原因のようだ。

映画のラストで、鉦が強風で傘が折れておチョコになって、雨の中を突進する姿は滑稽だが、まるで「ラ・マンチャの男」のようでもある。

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クラーク(リチャード・ギア)と信次郎(忠雄の息子、磯崎規則)の視線の先にあるのは蟻の行列。このシーンは、まるで人間が列をなして行進しているような動きが印象的だが、撮影の待ち時間が余りにも長かったため、撮影終了後にリチャード・ギアは「もうアリとは共演しない」と言い残して帰国したという(笑)。

ギアが出演した群馬ロケでは、クラークが視線を下げて蟻が地面に行列を作る部分までしか撮影できず、蟻がバラの木を上っていく場面は、京都の下鴨神社で演出補佐の本多猪四郎率いるB班でロケ撮影した。

また、蟻の行列を作るために、京都工芸繊維大学繊維学部教授の山岡亮平が「蟻指導」として参加しているというからこだわりは半端ない。

このほか、挿入歌としてシューべルトの「野ばら」がオルガンと子供たちの歌で歌われたり、黒澤監督作品によく登場するのシーンがラストに登場する。

原作者の村田喜代子は、この映画の出来には不満だったそうで「ラストで許そう黒澤明」という一文を「別冊文藝春秋」(1991年夏号)に寄稿した。

原作は、ハワイへ渡りパイナップル農園をひらいたらしいおばあさんの息子から、突然手紙が届き、おばあさんの子どもたちがハワイへ行く。その夏休みの間、彼らの子どもたち、つまりおばあさんの孫たちがおばあさんの家に集まり、織りなす物語。

リチャード・ギアはハリウッド俳優としては破格の低ギャラで出演したと言われ、その埋め合わせの一部としてか、撮影に使われた念仏堂が、ギアに送られたという。

黒澤明監督は、この作品のあとの「まあだだよ」(1993)が遺作となった。

■主な登場人物:

鉦おばあちゃん:村瀬幸子

縦男(良江の息子):吉岡秀隆

たみ(忠雄の娘):大寶智子

みな子(良江の娘):鈴木美恵

信次郎(忠雄の息子):伊崎充則

忠雄(おばあちゃんの息子):井川比佐志

良江(おばあちゃんの娘):根岸季衣

登(良江の夫):河原崎長一郎

町子(忠雄の妻):茅島成美

クラーク(おばあちゃんの甥):リチャード・ギア

錫二郎:松本克平(写真出演)

ほか

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