俳優の千葉真一が19日午後5時26分、新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった。82歳。同日、マネジメントを手掛ける事務所が発表した。
事務所によると、8月8日より新型コロナによる肺炎が悪化したため入院。酸素吸入を続けている状態だったが、回復に至らず息を引き取ったという。
千葉真一は1939年1月22日生まれ、福岡県出身。
俳優だけにとどまらず、体操選手・空手家・歌手・芸能プロモーター・アクション監督・映画監督・映画プロデューサー・作詞家・作曲家・ナレーター・声優などマルチに活躍。
千葉真一のモノマネでも知られる関根勤が「千葉真一さんは”アラーの使者”などヒーローだった」と語っていたがまさにそうで、テレビドラマ「新・七色仮面」(1960)で2代目・蘭光太郎(初代は波島進)として主演デビュー。
この時は千葉真一は日本体育大学に籍を置いていた。「新・七色仮面」での不敵な笑い声が今でも耳に残る。続けてテレビ「アラーの使者」にも主演した。
1968年、TBS系ドラマ「キイハンター」では身のこなしとアクションで人気を得た。「キーハンター」のボスこと丹波哲郎が亡くなり(2006年)、このドラマに出演していた元妻の野際陽子も亡くなり(2017年)、ますます寂しくなる。
1970年には、アメリカ映画で活躍するような俳優・スタントマンの育成、若年層の教育に関心を持っていたことから、ジャパンアクションクラブ (JAC) を設立(1991年売却)し、真田広之、志穂美悦子などを輩出した。
転機となったのは1973年の映画「 仁義なき戦い 広島死闘篇」。この映画で演じた大友勝利のヤクザキャラは人気となり、後のヤクザ映画にも、ひながたとして多大な影響を与えた。
高倉健、宇津井健などオールスターキャストの「新幹線大爆破」(1975)でも存在感を見せた。
1978年から本格的に時代劇へ進出。主演映画「柳生一族の陰謀」は興行収入30億円以上の記録的大ヒットとなった。1979年に第2回日本アカデミー賞の優秀助演男優賞を受賞し、千葉真一の代表作の1本となった。
1979年には芸能生活20周年記念作品である映画「戦国自衛隊」で主演と日本映画初のアクション監督を兼務した。
千葉真一の熱狂的ファンでもあるクエンティン・タランティーノ監督は、自らの映画「 キル・ビル」(2003)に”服部半蔵”の役で出演させた。
このほか「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」、フジテレビ系ドラマ「影の軍団」シリーズ、NHK大河ドラマ「風林火山」などに出演。
日本を代表するアクションスターとして海外でも人気を獲得し、ミフネと並んで、「サニー千葉」の名で広く知られた。
2020年、文化活動に優れた成果を示し、文化振興や日本文化の海外発信・国際文化交流に貢献したとして、令和2年度文化庁長官表彰をされた。
私生活では1973年、女優・野際陽子と結婚(1994年に離婚)。娘は女優の真瀬樹里(46)。その後に再婚。息子は俳優の新田真剣佑(24)、眞栄田郷敦(21)。
ご冥福をお祈りいたします。