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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

映画「乱れる」(1964)をみる。”成瀬監督に進路を取れ!”①

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成瀬巳喜男監督の「乱れる」(1964)をみる。「乱れ雲」(1967)が遺作となり、晩年の作品の1本。最高傑作とされる「浮雲」や「放浪記」「流れる」など数本は見ているものの見逃し作品がほとんどの成瀬監督。

乱れる」は邦画の中でもかなり上位に押したい映画となった。今月は”成瀬監督に進路を取れ”月間として未見映画を一気見の予定(今頃とはいわないで!)。高峰秀子とのコンビ作品が多く、女性映画の名人といわれる成瀬監督。

若大将」シリーズで人気絶頂だったスター加山雄三を起用し、繊細な演技を引きだしている。

スーパーマーケットの登場で経営が危なくなっている商店街の酒屋で働く戦争未亡人礼子(高峰秀子)と義理の弟・幸司(加山雄三)のかなわぬ恋を描く。

スーパーや百貨店と小売店、ミニシアターとシネコン、数十年経った現在にも通じる構図。スーパーの開店1周年記念の宣伝カーで流れる曲(メロディ)は、映画公開の前年(1963)にリリースされ大ヒットした舟木一夫の「高校三年生」で、映画のテーマ曲のように何度も流れ、ドンピシャ世代には受ける。

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スーパーの開店1周年で半額セールを訴える宣伝カー(メロディは「高校三年生」)

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映画は時代を映す鏡というのが持論だが、この映画も、世相を反映している。

スーパーの台頭で、酒屋を取り仕切る礼子(高峰秀子)の義理の弟・幸司(加山雄三)がつぶやく。「このままでは小売店はみな潰れちゃいますね」と。

売店の中には、玉子1個11円で売っていたが、スーパーが1個5円で売り出したことなどで経営が行き詰まり自殺した店主(幸司の麻雀仲間)もいた。また、アメリカ・ニューヨークでも、スーパーが増えてデパートが苦しいようだといった会話も聞かれた。

礼子が、幸司が会社をすぐ辞めたことを責めるように言うと「サラリーマンは向いてなかった」と応える。礼子が「どんな職業が向いているのよ」とさらにいうと「無職。ルンペン」と皮肉交じりに応えるのだ。

礼子の草履(ぞうり)をはいていた幸司に、礼子が「草履がダメになる」というと「馬鹿の大足なもんでね」と口答えする幸司。礼子が「ホント、バカの大足ネ」と繰り返す。

このあたりの日常の平凡なやり取りも秀逸だが、極めつけは、幸司がついに意を決して礼子に「好きだ」と告白するシーン。「やめて、ばかなことをいわないで」とうろたえる高峰秀子(礼子)の狼狽ぶりの名演!

この時のことを、のちに列車で礼子が実家に帰るときに幸司にいう。「幸司さん、あたしだって女よ。好きだといわれたときはうれしかったわ」。

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幸司が、兄と知り合うきっかけについて聞く。「戦争中、勤労奉仕があったのよ。そこで、お母さんに会ったの」。「お袋に見込まれたのが運の尽きだったんだね」と幸司がいうと、礼子が思わず笑顔を見せるのだが、この時のかわいさといったら(笑)。

ただ、映画の最後は、衝撃のシーンで終わりを迎える。手造りの指輪があっと言わせる。

f:id:fpd:20210305104309j:plain ラストシーンの礼子の表情。

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(ストーリー)

敗戦で跡形もなくなっていた酒屋をすっかり立ち直らせてきびきびと働く礼子(高峰秀子)。彼女はほんの数か月の結婚生活の後、出征した夫を亡くし、そのまま夫の実家で暮らしていた。

他人ばかりの家ではあっても昔気質の礼子はその家を自分の家と固く信じて義理の母しず(三益愛子)に仕えていた。亡き夫の弟、幸司(加山雄三)は大学を卒業し、東京で就職が決まったにもかかわらず、すぐに辞めて田舎の酒屋を手伝うでもなく、ぶらぶらして暮らしている。

大手のスーパーマーケットが次々に登場し、礼子の酒屋も商店街の存続すら危うくなっている頃、幸司の姉・久子(草笛光子)が酒屋をスーパーマーケットにしてはと提案してきました。資金やアイディアは幸司の姉の夫が提供するという好条件で土地柄もよく、スーパーマーケットにしたら成功間違いなしといういい話だった。

せっかくのいい話に幸司はあまり乗り気にはなれなかった。
大きなスーパーマーケットともなると会社組織になり、礼子の立場がどうなるのかということを心配してるのだ。
幸司は自分の兄の嫁であった15歳も年上の礼子を密かに愛していたが誰にもこの思いを打ち明けることはなかったため、家族のだれもそんなことには気づいてはいない。

幸司がせっかく就職が決まったがすぐに辞めて帰ってきてしまったのも礼子のそばにいたいというのが理由だった。
しかし、亡くなった兄の嫁にそんな気持ちを持つことを告げるわけにはいかないと耐えていた幸司。彼はわざと悪い仲間と遊び歩いたり、喧嘩に巻き込まれたりして自分の思いを押し隠そうとして暮らしていた。

幸司の姉はスーパーマーケットにすれば自分の夫もそこの重役になれるということもあって、この話には乗り気だったが、幸司が乗り気でないため話しが進まないことにいらだっていた。

礼子に再婚の話まで持ち込んでくるが、礼子は断ってしまう。幸司の母は礼子に感謝しながらもこのまま未亡人としてこの家に尽くしてもらうのはすまない気持でもあった。

遊び歩き、女性関係にもだらしのない幸司を卑怯だと言った礼子に、卑怯者だと思われたくない幸司は自分の思いをついに礼子に告げてしまう。

それまで自分が一人の女性であるということをすっかり忘れて生活に追われていた礼子はとてもうれしかったが、その若い愛情は重荷でもあった。

礼子は自分の存在が邪魔をしてスーパーマーケットの計画が進んでいかないことを理由に自分の故郷へ帰る決心をした。

幸司の母に見送られて汽車に乗り込んだ礼子は途中で幸司がついてきたことに気づいた。幸司は店のオートバイを売って出てきたという。

幸司と向かい合って旅をしていくうちに途中で降りて小さな温泉町に宿をとった。礼子は嬉しさと戸惑いで心は穏やかではなかった。この愛を受け入れるかどうか、決心はついていなかったのだ。

幸司は宿の下足番をしてもいいから礼子と暮らしたいと打ち明ける。礼子もできることならそうしたいという思いと、幸司にそんなことをさせるわけにはいかないという思いで、幸司に家に帰るよう勧めた。

幸司は宿を飛び出して崖から身を投げてしまう。朝になって遺体が運ばれてきたのを見て、礼子は自分がどんなに幸司を愛していたのかをようやく悟るのだった。

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加山雄三演じる幸司は、パチンコやマージャン、女遊びにうつつをぬかしているダメ人間に描かれているが、鋭いところもついてくる。兄が戦死し、未亡人となった礼子が店を今日のように作り上げてきたが、「姉さんたちは、礼子さんを追いだそうとしている」と母親らの前で強く言うのだ。姉が、礼子に縁談の話を持ちかけてきたが、体よく家を出てもらおうという打算が働いたもの。

身内、兄弟姉妹といっても、打算、損得などが働いているのを幸司が指摘したのだ。幸司は「礼子さんは、18年間も自分を殺して、家のために犠牲にしてきた」とも。

「18年間は犠牲ではなかった」といいつつも、一大決心に向かう終盤のシーンは見ごたえがあった。

 

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