大林宣彦監督の「ふたり」(1991)を見た。
タイトルは単純にみえるが、才色兼備の姉とドジな妹の姉妹のふたりのことで、姉はある事故で亡くなり、残された妹が、姉の記憶をとどめるために小説を書こうとした時のタイトルでもある。
出演は、この映画がデビュー(第1回主演作)となった妹・美加役の石田ひかりのほか、しっかりもので美人の姉・千津子役の中嶋朋子、その両親役に富司純子と岸部一徳。そのほか吉行和子、尾美としのり、ベンガル、竹中直人、奈美悦子、島崎和歌子、頭師佳孝など。
音楽は、クインシー・ジョーンズから名前をとったという久石譲(「おくりびと」など日本を代表する作曲家)。全編に流れる愛のテーマである「草の想い」が印象的。詩は大林宣彦監督によるもの。大林宣彦監督は、原田知世など新人をスターにするアイドル映画の第一人者と言われた。
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ところが、ある日姉の千津子は、忘れ物を取りに帰る途中の坂道で事故に遭い、トラックに積まれた材木の下敷きになって亡くなってしまう。
「忘れ物があるからもどるね」と姉・千津子(左、中嶋朋子)。このあと思いもかけないことが。
それからというもの、母はショックで憔悴し、ノイローゼのようになってしまう。
家の中は火が消えたようになってしまい、実加は家族を元気づけようと明るく振る舞い、姉の代わりに自分がしっかりしようと努める。
そんなころ、夜真っ暗な中を歩いていた実加は変質者に襲われるが、その時姉・千津子の幽霊が現れて実加を助ける。
それから千津子はよく実加の前に現れるようになるが、なぜか千津子の姿は実加にしか見えない。だが、いつも困っている時に現れてくれるので、”ふたり”で一人、千津子は実加の支えになっていった。
千津子の代わりを務めようと奮闘する実加は、千津子が得意だったピアノやマラソンなどに取り組むが、姉と正反対だった実加にとってなかなか困難な試練だった。
卑屈になり、本当は私が死んでお姉ちゃんが生きていた方が良かったんだとこぼすこともあった。しかし、千津子がいつも見守っていてくれるので実加はそれらを乗り越えていった。
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大林宣彦監督は、広島県尾道市出身で、尾道を背景にした「尾道三部作」(「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」))があり、「ふたり」は「新・尾道三部作」の第1作。NHKのテレビドラマとして製作され、テレビ放映後再編集して劇場公開された。
当初から劇場公開を想定しており、外部演出家である大林の起用や35ミリフィルムでの撮影などNHK作品としては異例の要素が多いという。
主人公の実加が、仲が良かった家族がばらばらになる中で、様々な経験を重ねて成長していく姿を描いている。今まで頼りっきりだった姉との別れこそが、成長の証となった。
映画の導入部で、小学生の少女ふたりが歩いていると、坂道で千津子の顔見知りの婦人(藤田弓子)が「千津子ちゃん、いつも明るく元気だね」と声をかけてくる。そのうしろでややふてくされたような顔で人見知りする女の子。「妹が忘れ物をしたので、取りに帰って遅れた」と説明する千津子。この幼い頃からの性格の違いが、のちのちまで影響している。画面はモノクロで、一箇所だけ花の色が赤かった。場面は一転して現在になりカラーになり尾道女子中学校を舞台に物語が進む。見事な導入部だ。
そんな妹だが、姉が事故で亡くなってからも、妹にだけ見える存在として登場する姉・千津子。姉は妹を励ます。「あんたは、自分を外から眺められる。どんなに落ち込んでいても、自分を見てくれる(もうひとりの)自分がいるのよ。それが財産」と。
長女を失って、精神のバランスを崩す母親は、夫が転勤で小樽に愛人を作ってしまい、その愛人(増田恵子)が、家族のいる家に押しかけてきて「この人を好きになり、いないと生きていけない」というのだ。ドロドロのバトルになるはずが違った。
妻の方が「私は夫がいなと生きられないので、ごめんなさい」と謝るのだ。あとで、娘からもそれはおかしいと言われる始末。
岸部一徳が声は変わらないが若い。優柔不断な男を演じている。
富司純子は、のんびりした口調で、お人好しにも程があると思わざるを得ない。
美加と「おい、親友!」と呼び合う同級生の真子(柴山智加)は、ボーイッシュで、美加に意地悪をした同級生のもとに押しかけようとするとき「本当に乙女なんだから。討ち入りだ」と着物の裾をたくしあげて、美加にカツをいれるシーンがいい。
ドジでグズで間抜けと自信のない実加が、幽霊の姉から「相変わらずぶきっちょっだね。悪いわね、手伝ってあげられなくて」と言われながらも前向きに成長していくところが見所だった。島崎和歌子は、今ではテレビで、毒舌を吐くタレントに見られるが、10代半ばの頃は?かわいかった(笑)。
スタッフ
監督: 大林宣彦
脚本: 桂千穂
音楽: 久石譲
美術: 薩谷和夫
撮影: 長野重一
編集: 大林宣彦
製作者: 川島国良、大林恭子、田沼修二
プロデューサー: 大林恭子、太田智朗、小出賀津美
映画ポスターの原画:野口久光
製作: ギャラック、ピー・エス・シー、NHKエンタープライズ
配給: 松竹
主な登場人物:
●北尾実加:石田ひかり
尾道女子中学校の2年生。子供の頃から名前で呼ばれるより「(優秀な)千津子ちゃんの妹」と呼ばれることが多い。存在感が薄く、何かにつけて優秀な姉と比べられるので、自分に自信が持てずにすぐ諦めようとする性分が身についている。「ドジでグズでマヌケな私」と自他ともに認めている。部屋は散らかっており、よく忘れ物や無くし物をしており少々だらしない性格。趣味は小説のようなものを書くこと。千津子からは「自分のことを客観視できるのがあなたの取り柄」などと言われている。いつしか姉の恋人だった哲也(ともや)に淡い恋心を抱くようになる。
●北尾千津子 :中嶋朋子
実加の姉。高校2年生の秋のある朝、たまたま忘れ物をして家に取りに戻ろうとしたところ事故に巻き込まれ亡くなる。その後、実加にだけ千津子の幽霊が見えるようになる。実加とは対照的にしっかりもので近所では有名だった。学校に入ってからも成績優秀、ピアノも上手く、中学3年生の頃にはマラソンで活躍し、高校生の頃は演劇部で主役を務めるなど周りから一目置かれる存在。
●北尾治子:富司純子
実加の母。いつも和装で過ごしている。元々おっとりした性格だったが、千津子が亡くなったことで精神的に弱くなっている。千津子がいた頃はしっかりものの千津子に頼っていた。
●北尾雄一:岸部一徳
実加の父。落ち着いた物腰の性格。家族想いで千津子を失い、情緒不安定気味の治子やマイペースで子供っぽい実加を気にかけている。実加の学校行事やピアノの発表会にも夫婦で見学。サラリーマンで出張も多く、その後小樽への転勤で単身赴任。
●神永哲也(ともや):尾美としのり
広島工科大学船舶工学科の3年生。生前の千津子の恋人。毎年行われている第九の演奏会に来ており、千津子が亡くなる前の年にここで会う約束をしていた。千津子が死んだことを知らずにこの年も演奏会に来て、ここで実加と知り合い、親しくなる。
●長谷部真子:柴山智加
実加の親友。クラス委員を担当。明るく素直でさっぱりした性格、曲がったことが嫌い。実加に対しては友情に厚く、いつも実加の味方。万里子が実加へ嫌がらせをした時は、わざわざ万里子の家まで「討ち入り」と称して実加を連れて押しかけた。
●前野万里子:中江有里
哲也とは、いとこ関係。お互い一人っ子で兄妹のように仲良く育てられてきたので哲也を実の兄のように慕っている。生前の千津子に嫉妬して邪魔に思うようになり、その妹である実加を敵視するようになった。
●中西敬子:島崎和歌子
実加が高校1年の時に入った演劇部の上級生。
●長谷部真子の父:ベンガル
由緒ある旅館兼仕出し屋を切り盛りしていて、料理を作っている。一人娘の真子をかわいがっている。
●長谷部真子の母:入江若葉
旅館兼仕出し屋の女将。
●前野万里子の母:吉行和子
●担任の先生:奈美悦子
心配な実加のことを相談に来た治子に対し、実加は問題無いとした上で「千津子さんはしっかり者だがまだ子供なので気をつけてあげてください」と助言するなど教師として生徒をしっかり見ている。
●実加を襲う男:頭師佳孝
街で何度か見かけたことから実加を気に入り、ある時、夜道にあとをつけて襲った。しかしこのことがきっかけで、亡くなった千津子が実加の前に現れるようになった。
●運転手:大前均
重い木材を積んだトラックの運転手。事故により千津子を死なせてしまう。命日には事故現場に献花する。
●治子の主治医 - 竹中直人
明るいキャラクターの医者。母親が入院した時に世話をしに来ている実加のことを「親孝行娘」というアダ名で呼んでいる。
●内田祐子:増田惠子 (ピンクレディ)
転勤中の北尾雄一の不倫相手。
●坂道の婦人:藤田弓子
小学生の千津子と美加とすれ違い声をかける。
主題歌:愛のテーマ「草の想い」
☆☆☆
【参考】この映画は、3月の「オールタイム日本映画」投票で3人が投票し、堂々の33位にランクインした作品。
33位: ふたり | 14 | 6(あきりん) | 5(ギドラキュラ) |
3(やまちゃん) |
(敬称略)