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<span itemprop="headline">映画「僕のニューヨークライフ」(2003、公開2006)</span>





ウディ・アレン監督の「僕のニューヨークライフ」(原題:Anything else, 2003、公開2006年1月)を見た。情緒不安定な女優の恋人に振り回される若手喜劇作家の愛の顛末を描いたロマンティック・コメディ。主演は「アメリカン・パイ」のジェイソン・ビッグスと「バッファロー'66」アダムス・ファミリークリスティナ・リッチ

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ニューヨーク・
マンハッタンに住む21歳の新進コメディ作家ジェリージェイソン・ビッグス。彼は互いに一目惚れの恋に落ち、以来同棲している女優の卵アマンダクリスティナ・リッチに気を揉んでいた。
 
アマンダ約束をしても平気で2時間遅刻するなど、いつも気まぐれで不可解な言動い。当然のように、仲がしっくりいかず、半年に及ぶセックスレス生活が続く。
 
また、突然アパートに転がり込んできたアマンダの母ポーラ(ストッカート・チャニング)と同居することになり、自由に原稿を書くことすらままならない状況になった。しかもポーラは、ピアノを持ち込み、クラブ歌手の歌の練習をするのだ。そんな二重の苦難を堪え忍ぶジェリーの前に、アマンダの浮気疑惑も持ち上がり、苦しさはいっそうしていく
 
またジェリーの頼りないマネージャー、ハーヴィダニー・デヴィートには自らの生計を立てるために契約更新を迫られるなど、ジェリーの悩みは募るばかり。
 
彼は一方で、教師でコメディの台本を書いている先輩作家のドーベルウディ・アレンにそれらの悩み事を打ち明け、人生の指南を仰いでいた。マネージャーのハーヴィと縁を切ることだとアドバイスする。ドーベルもエキセントリックで掴みどころがない不思議な人物。
 
そんなある日、アマンダの浮気が発覚する。一方、ドーベルは思わぬトラブルが発生し、別の土地に雲隠れすることに。かくしてジェリーは単身で、カリフォルニアへ向かうのだった・・・
 
ウディ・アレンが軽妙な演出を披露し、脇役に扮して若き主人公をサポート。恋や仕事に思い悩む青年の人生の決断を、コミカルかつ優しいタッチでつづった佳作だ。
 
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原題のAnything elseは、2度使われていた。
普通の意味のモノをオーダーの時の「ほかになにか?」の意味ではなく、映画では、主人公のジェリーが「人生とはわからないもんだ」と悩んだセリフを聞いたタクシードライバーがはなった言葉「人生はそんなもんさ(Anything else)」に由来する。映画の前半では、アレン扮するドーベルのセリフにもあった。
 

アレン自身が、ハンフリー・ボガートを崇拝しているというのは「ボギー!俺も男だ」(原題:Play It 
again, Sam, 1971) でも知られている通り、今回の映画の中でも「ハンフリー・ボガーとは都会的センスがある」というセリフがあった。
 
ウディ・アレンユダヤ人であり、映画の中で、「ユダヤ人が戦争の元凶だ」という意見に対して、「それは違う。ユダヤ人はシャワー室だといわれてガス室に連れていかれた」とアウシュビッツを引き合いに出していた。
 
ドーベルを評して「彼(ドーベル)はイカレ野郎だが、レジスタンス(反抗)精神はある」という言葉をほかの人間に語らせている。
 
脇役で出演しているダニー・デヴィートは、マネージャーと言いながら顧客はジェリーひとり。3年契約を結んでいたが、契約更改に当たって7年契約を提案してきた。しかし、マネージャーで、顧客がほとんどいないというのは実力もなく評判もよくないので、ドーベルがジェリーに解約を勧める。
 
ジェリーが、新しい方向に進みたいので、契約はしないとマネージャーに伝えると、マネージャーは激怒して、大声でレストランで怒鳴りチラシ、発作で倒れてしまう。この時の圧倒するような演技は、ロバート・デ・ニーロのような迫力だった(笑)。
 
全編にウディ・アレンの言いたいことが様々なセリフで込められている。
別れ話を持ち出してきたアマンダがジェリーに言うセリフは「ニューヨークでは負け犬でも、LA(ロサンゼルス)では億万長者になれる」と励ましたつもりでも、ジェリーには皮肉に聞こえる。
 
アマンダの母ポーラが、アパートの新しい恋人を連れ込んできて、コカインを吸い始めるが、ジェリーにも勧めるのだ。ジェリーが仕事で使っているノートパソコンを閉じてその上で吸っているのを見てあきれ返ってしまう。アメリカというところは、コカイン、マリファナ、銃などが日常的に蔓延しているというのも恐ろしい。
 
ウディ・アレン自身がそれまでニューヨークをこよなく愛し、ニューヨークを舞台にした映画を撮ってきたが、この映画をニューヨークの最後の作品としたかったようだ。
 
この映画は、他人に相談ばかりして、なにも自身で解決できない優柔不断な若者が、アレンやクリスティーナ演じる、わがままで神経症気味で人騒がせな周りの人々に振り回されながら、人生について徐々に悟っていくというストーリー
多くの台詞と軽快なユーモアで展開する、アレンワールドはいつものとおり。
 
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