カルトな鬼才・鈴木清順の傑作といわれる「ツィゴイネルワイゼン」(1980)をみた。
映画としては好みが分かれるところだろう。
確かに、カルト作家と言われるように、この映画は、一般の娯楽映画とは違った、すごい映画だ。
鈴木清順監督の作品はそれほど多くはなく、寡作の監督と言われていた。
「ツィゴイネルワイゼン」、「陽炎座」、「夢二」の三部作の映像美で知られる。その独特の映像表現は「清順美学」と呼ばれる。
清順作品を初めて劇場で見たのは「けんかえれじい」(1966)で、1969年頃に場末の二番館の2本立てで見た。高橋英樹が主演で、昭和初期の旧制中学(現高校)のバンカラ生徒のケンカに明け暮れる日常を描いていた。
10年前には、アジアのトップ女優といわれたチャン・ツィイーとオダギリ・ジョーが共演したミュージカル映画「オペレッタ狸御殿」(2005)を劇場で見た。これは美空ひばりの「狸御殿」のリメイク。最近、遅ればせながら「東京流れ者」や「肉体の門」を見た。
・・・
「ツィゴイネルワイゼン」は、4人の男女が、サラサーテ自ら演奏する「ツィゴイネルワイゼン」のSPレコードを取り巻く、妖艶な世界へと迷い込んでいく姿を描く。しかも、幻想的な映像美や、ハッとさせるような色彩やエロチシズムでつづられていく。
・・・
ドイツ語学者、青地豊二郎(藤田敏八)と友人の中砂(なかさご)糺(原田芳雄)の二人が海辺の町を旅していた。二人の周囲を、老人と若い男女二人の盲目の乞食が通り過ぎる。老人と若い女は夫婦で、若い男は弟子だそうだ。
青地と中砂は宿をとると、小稲(大谷直子)という芸者を呼んだ。中砂は旅を続け、青地は湘南の家に戻る。歳月が流れ、青地のもとへ中砂の結婚の知らせが届いた。
中砂家を訪れた青地は、新妻、園(大谷直子、2役)を見て驚かされた。
彼女は、あの旅で呼んだ芸者の小稲と瓜二つなのである。その晩、青地は作曲家サラサーテが自ら演奏している1904年盤の「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを中砂に聴かされた。
この盤には演奏者のサラサーテが伴奏者に喋っているのがそのまま録音されている珍品ということだ。中砂は青地にその話の内容を訊ねるが、青地にも、それは理解出来なかった。
中砂は再び旅に出る。その間に、妻の園は豊子という女の子を産んだ。
中砂は旅の間、しばしば青地家を訪ね、青地の留守のときも、妻・周子(大楠道代)と談笑していく。そして、周子の妹で入院中の妙子(真喜志きさ子)を見舞うこともある。
ある日、青地に、中砂から、園の死とうばを雇ったという報せが伝えられた。
中砂家を訪れた青地は、うばを見てまたしても驚かされた。うばは死んだ園にソックリなのだ。そう、何と彼女は、あの芸者の小稲だった。
その晩は昔を想い出し、三人は愉快に飲んだ。中砂は三人の盲目の乞食の話などをする。数日後、中砂は旅に出た。そして暫くすると、麻酔薬のようなものを吸い過ぎて、中砂が旅の途中で事故死したという連絡が入った。
その後、中砂家と青地家の交流も途絶えがちになっていく。
ある晩、小稲が青地を訪ね、生前に中砂が貸した本を返して欲しいと言う。
二~三日すると、また小稲が別に貸した本を返して欲しいとやって来た。
それらの書名は難解なドイツ語の原書で、青地は芸者あがりの小稲が何故そんな本の名をスラスラ読めるのが訝しがった。
そして二~三日するとまた彼女がやって来て、「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを返して欲しいと言う。青地はそれを借りた記憶はなかった。
小稲が帰ったあと、周子が中砂からそのレコードを借りて穏していたことが分り、数日後、青地はそれを持って小稲を訪ねた。
そして、どうして本を貸していたのが分ったのかを訊ねた。
それは、豊子が夢の中で中砂と話すときに出て来たという。中砂を憶えていない筈の豊子が毎夜彼と話をするというのだ。
家を出た青地は豊子に出会った。
「おじちゃんのお骨ちょうだい・・・」と青地を迎える(Movie Walker)。
・・・
浜辺で死んだ女のまたぐらから真っ赤な色鮮やかなカニが登場するシーンや、女が、男のまつげや、桃の皮を舐めまわすシーンはエロティシズムにあふれている。
男2人、女ひとりの3人組の盲目の乞食が登場するが、この3人がどうなったかをめぐって、意見の食い違いがあったり、まるで”羅生門”の世界。
三味線弾きの女が、たらいに乗って海に流され、砂浜の2人の男は、”もぐらたたき”のように頭を叩きあって、砂に沈んでしまう映像が映る。あれは現実だったのか。
あるいは、一方のものが言うように、3人は夫婦という奇妙な関係だったのか。
☆☆☆
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
「にほん映画村」に参加しています:ついでにクリック・ポン♪。