また、訃報が飛び込んできた。guchさんの記事で知った。
1962年には、世界的なヒット作品「アラビアのロレンス」に出演し、アラブ人の独立運動に加わった砂漠の民ベドウィンの部族長アリの演技で、アカデミー賞助演男優賞にもノミネートされた。シャリフは、当時30歳だった。
英語、フランス語、ギリシャ語などが堪能だったオマー・シャリフは、アメリカやヨーロッパを中心にさまざまな国の映画に出演し、「ドクトル・ジバゴ」(1966)ではロシア革命に翻弄される医師の役を、「うたかたの恋」(1966)ではオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子の役を演じた。端正で品格があった。
・・・
「アラビアのロレンス」では、劇場の70ミリ大画面の砂漠の中、遠くにぽつんと”点”が蜃気楼のように漂うが、その点が徐々に大きくなり、こちらに近づいてくるシーンには息を飲んだ。こんな映画は、DVDやテレビでみるのは、御法度だ。映画「ロレンス」に、オマー・シャリフが映画ファンの前に登場する瞬間だった。彫りの深い、いかつい顔とヒゲが印象的だった。
翌年にはノーベル文学賞がパステルナークに授与されることになったが、ソ連共産党が辞退を強制。受賞すれば亡命を余儀なくされると考えたパステルナークは「母国を去ることは、死に等しい」と言い受賞を辞退した。主人公で医師のユーリー・ジバゴと恋人ララの運命を描いた大河小説。映画化では、主題曲”ララのテーマ”が大ヒットした。fpdのお気に入り映画音楽の”ベスト3”の1曲。
この他、印象的な映画では、パッと思い出す作品だけでも、バーブラ・ストライサンドにアカデミー賞主演女優賞をもたらしたミュージカル「ファニー・ガール」(1968)、シドニー・ルメット監督で、アヌーク・エーメと共演した「約束」(1969)、グレゴリー・ペックと共演の西部劇「マッケンナの黄金」(1969)などがある。このほか「ジャガーノート」(1974)「ファニーレディ」(1975)などだ。
・・・
オマー・シャリフが亡くなったことで「アラビアのロレンス」では、最年少でシャリフと同い年だったピーター・オトゥールが2年前(2013年12月4日)に亡くなり、主要な出演者はすべて亡くなったことになる。俳優は死しても映画は残るが、寂しさも拭えない。
ご冥福を祈ります。
音楽:モーリス・ジャール(「ララのテーマ」)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
「にほん映画村」に参加しています:ついでにクリック・ポン♪。