「いつかA列車(トレイン)に乗って」(2003)を見た。10年以上前の映画だ。映画は、LPレコードがかけられるシーンで始まる。舞台は、日本の古くて時代に取り残されたようなジャズ・クラブ「A-TRAIN」だけで、そこに集う客たちの群像劇で、クラブ内の開店から閉店までの一晩の物語が、グランドホテル形式で描かれる。
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老客の梅田(津川雅彦)が今宵も現れ、次から次にジャズに魅せられた様々な客が集まってくる。梅田は、30年以上も店に通い続け、カウンターの座る席はいつも同じ。この梅田が映画の物語の狂言回しのような役どころ。
客の中には、毅然とした元検事(小林桂樹)、老舗の若旦那、別れ話に心病む不倫中年(愛川欽也)、ウエイトレスのユキ(栗山千明)に金の工面をしにきた母親、クラブの歌姫アンナ(真矢みき)の別れた亭主、チンピラや元銀行支店長のドラッグクイーンたちの客が集まり、老ピアニストや新米サックス奏者のライブに酔い痴れ、人間交差点を形成している。
Aトレイン(A Train)とは、デューク・エリントン楽団のオープニングテーマで有名な「A列車で行こう」のことで、ニューヨークのハーレムの高級住宅地シュガーヒルやコットンクラブに連れて行ってくれる電車のこと。歌詞は「Aトレインに乗り遅れると、ハーレムへの近道を逃しますよ」といった内容。ハーレムは、かつては、成功の代名詞であったのだ。
先客である常連の梅田は、客の誰からも”先生”と呼ばれている。梅田がいるとわかると、客が必ず声をかけてくる。「お馬ちゃんはどうでした」と。どうやら梅田は、無類の競馬好きであるらしい。店のユキは英語が得意で、外国人の客が入ってくると流暢な英語を話し、席に案内する。
英語の会話の字幕は一切出ないが、梅田はユキに、今こんなことを話していたね、というとユキは「先生は英語がわかるの?英語を教えているの?」と聞くと「元イギリス大使でね。うそうそ」といった会話が続く。
ユキがチンピラに絡まれた時に助け舟を出したのも梅田だった。
ユキが「さっきは助かった。ヤクザが怖くないの?」というと「元検事でね。うそうそ」だったが、映画のラストシーンで、梅田がユキに「モデルになってくれない。今度君の絵を描きたいんだ」という。「先生って、絵かきさんだったの?」とミキが聞くと「そうだよ。いや、うそうそ」と言って二人で店を出ていくところでEND。
ネタバレになるが、実は、梅田は著名な画伯だったのだが、13年前に絵のモデルだった妻を亡くし、それ以来、絵を描いていなかったのだ。
かつて梅田が絵を描いていた頃、取材で頻繁に訪ねていた編集者も来ていた。ユキの母親へのお金の工面にユキが店の給料の前借りを頼んだのだが、その条件として、梅田が保証人になったのだ。しかし、梅田は競馬で財布は「すってんてん」になっていたので、編集者に頼んで、10万円を借りたのだった。その借用書替わりに、久しぶりに女性のシルエットの絵を描いたことから「絵かきの虫」が蘇ったのかもしれない。ユキに対して「絵を描かせてくれないか」というのは、半分本気だったのかもしれない。
客の中で、銀行員が一人で酒を飲んでいると、派手な女装をした男が近づいてきた。女装の男は、なんと銀行員の元上司の支店長だった、というエピソードなど、いろいろな人生模様が描かれている。
元宝塚の真矢みきは、シングルマザーのクラブ歌手。マイクでジャズを歌うが、やはりさすがというか、かっこいい。ジャズを目指す若い男から告白されているが、男が店に残るか、ジャズで身を立てるか迷っているのを咎めて「ジャズを甘くみないで。音楽で成功するって、そんな簡単なことじゃないのよ。今まで何を勉強してきたの」。
先日亡くなった愛川欽也は、この映画では、妻が病弱であり、10年前にこの店で知り合ったという女と10年間不倫関係にあったが、その愛人から別れ話を持ち出され、女は去っていった。会計の時にマスターに「もうここへは来ないだろう」という。「寂しくなります」とマスター。
元検事(小林桂樹)は、客に絡むチンピラを一喝。チンピラの中心人物は、元検事というのを知っていたのか、その場は収まる。ウエイターでジャズ志望の男が「怖くなかったですか」と聞くが「老い先短い老人に怖いものなんてありません。人生、忘れ物だらけですが」という言葉も印象に残る。
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「いつか丘の上の白い家に行くA列車は永久に来ないんだ」と言うセリフや「オレはあんたと違うぜ。オレは行ってやるよ。その丘の白い家とやらにね」といった会話がタイトルに結びつく。
純粋なジャズ映画ではないが、ピアノ、トランペットなどの演奏シーンも多く、ジャズファンには楽しめる映画かも知れない。
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