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「名作に進路を取れ!」…映画とその他諸々のブログです。

映画「Keiko」(1978, ATG公開):カナダ人監督の見た日本のOL描写。

 
Keiko」は、アートシアター(ATG)系で公開されたので、地味な作品だった。
 
いまから45年前の公開だが、カナダ人監督のクロード・ガニオンという人が、初めて撮った長編映画で、出演は、当時京都大学の女子学生を起用。
 
外国人から見た平均的な日本人女性の日常ということだが、監督自身の体験を反映しているのかどうか知らないが、よく描かれていた。
 
内容はほとんどがアドリブのような展開で、独身OLの日常にカメラを持ち込んだような、リアルで、そこに漂う孤独感と焦燥感などは、ジェンダー(男女差)を超えて、共感できるものがあったので、この映画の雰囲気はいまだに覚えている。こちらも、親から離れての独身生活だったので、納得できる、共通する部分も投影していたからか・・・。
 

映画は、オフィスに勤める一人の孤独な女性の日常に介在する男性や家族を通して、女の自由を問う…というものだった。
 
ドキュメンタリー風で、特に大きな物語があるわけではない。
 
こんな話:
 
ケイコは一年ほど前、女子大を卒業し、家族のもとを離れ社会人として自由な生活をエンジョイしていた。しかし、最近は、ボーイフレンドもなく、オフィスとアパートの往復だけの生活に、焦りと孤独、そして、沈んでいく自分を感じていた。
 
そんなある日、喫茶店で、理想に近いような男・勝と知り合う。しかし、しばらくして、ケイコは、多くを語らない勝に、自分はセックスの対象でしかなかったことを感じて、二人の関係は終りを迎えた。
 
そんなとき、ケイコの前に、一人の優しい男が現われる。しかし、今のケイコには友情以上のものを感じることが出来ない。そして、失意のどん底で親しい女友達・カズヨと生活を始めた。
 
彼女は男性に求めていたすべてのものを友から与えてもらい、幸福な毎日を送っていた。だが、そんな夢のような生活も、家族たちの力で現実に引き戻され、彼女のもとを去らねばならなくなった。ケイコは、自由について、自問しながら生きていく…。
 
このケイコの焦燥感のようなものが理解でき、自身にも重ねてオーバーラップするように感じられ、印象に残る。
 
まったく目立たない小品だが、青春時代の似たような体験とだぶった、思い出が詰まったような映画だった。ちょっと”センチ”な映画と言ってしまえば、そうかもしれない(笑)。
 
(追記:今思うと、日本版「ブリジット・ジョーンズの日記」のような類の映画かも。)
 
思い出の青春映画:
①「おもいでの夏」
③「卒業」
・・・ほか。
 
☆☆☆
 
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